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江戸の粋人・酒井抱一の世界(その十五)  [酒井抱一]

その十五 江戸の粋人・抱一の描く「その五 吉原月次風俗図(五月・五月雨)」

五月雨.jpg

抱一筆「花街柳巷図巻」のうち「五月(五月雨)」
【五月(五月雨)
「竹川もうつ蝉も碁やさつきあめ」の句の下に碁盤と一通の文とが描かれる。無人の室内に打ち捨てられた感のあるそれらが、五月雨が降りつづく梅雨の頃の遊里の寂しさを暗示する。」】(『琳派第五巻(監修:村島寧・小林忠、紫紅社)』所収「作品解説(小林忠稿)」

 抱一の、「吉原月次風俗図」、そして、「花街柳巷図巻」の、その「賛(句)と画」とは、いわゆる、「連歌・俳諧(連句)」の「付合(付け合い)」のルール(「規則」=(「運び」と「付け」の「物付け」と「余情付け」など)を踏まえていることについては、前回までに触れてきた。そして、その全体の運び(流れ)は、次の通りということについて、触れて来た。

【 一月(漢=「花街柳巷」)→二月(和=「きさらぎ初のうま」)→三月(和=「夜さくら」)→四月(漢=「蜀魂」)→五月(和=「さみだれ」)→六月(和=「富士参り」)→七月(漢=「乞巧奠(きこうでん)」)→八月(漢=「俄(にわか)」)→九月(和=「干稲=稲干す」)→十月(和=「しぐれ」)→十一月(和=「酉の日」)→十二月(和=「狐舞い」)】

 この運び(流れ)を、季語に焦点を合わせると、次のとおりとなる。

【 一月(元日)→二月(初うま)→三月(夜ざくら)→四月(ほととぎす)→五月(さみだれ・さつきあめ」→六月(富士詣で)→七月(七夕飾り)→八月(※俄狂言)→九月(干稲=稲干す)→十月(しぐれ)→十一月(酉の日)→十二月(※狐舞い)  】

 吉原の三大景物(三大廓行事)は、「三月(夜ざくら)・七月(玉菊灯籠)・八月(俄)」である。

    傾廓
  夜ざくらや筥提灯の鼻の穴 (抱一『屠龍之技』「第一こがねのこま」)
  桜迄つき出しに出る仲の町 (『柳多留七』)
    傾廓
  灯籠も鶍(いすか)の嘴(はし)と代りけり(抱一『屠龍之技』「第二かぢのおと」)
  玉菊の魂(たましい)軒へぶらさがり(『柳多留一』)
    俄
  獅々の坐に直るや月の音頭とり(抱一「吉原月次風俗図・八月」)
  灯籠が消へて俄にさわぐ也 (『柳多留四六』)
  祇園ばやしで京町を浮く俄 (『柳多留一三三』)

 抱一の自撰句集『屠龍之技』の前書きに出て来る「傾廓」は、其角の次の句の前書きに由来があるのであろう。

    傾廓
  時鳥暁傘を買わせけり (其角『五元集』)

 この「傾廓」は、「傾城」「傾国」と同じような意であろうか。それとも、「傾城の遊女が居る廓=吉原」の意であろうか。この其角の句は、吉原の朝帰りの句である。抱一の吉原の句は、この種の其角の句に極めて近い。
 なお、上記の「吉原月次風俗図」に出て来る季語のうち、吉原特有のものは、※印の「八月=俄」と「十二月=狐舞い」だけで、その他のものは、連歌・俳諧の主要な季語(季題)ばかりである。

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「空蝉」(『源氏物語』)
http://www.genji-monogatari.net/html/Genji/combined03.1.html#paragraph1.3   

  竹川もうつ蝉も碁やさつきあめ (抱一「吉原月次風俗図・五月・五月雨」)

 抱一の「吉原月次風俗図」の「五月(五月雨)」画賛の、この句は、どうやら、『源氏物語』の「空蝉」(第三帖)や「竹河」(第四十四帖)などの囲碁の場面に関連しているようである。

「 碁打ち果てて、結(だめ)さすわたり、心とげに見えて、きはぎはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、『待ちたまへや。そこは持(せき)にこそあらめ。このわたりの劫(こう)をこそ』など言へど、『 いで、このたびは負けにけり。隅のところ、いでいで』と指をかがめて、『十(とを)、 二十(はた)、三十(みそ)、四十(よそ)』などかぞふるさま、伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ。すこし品おくれたり。』(「空蝉」三段)

「中将など立ちたまひてのち、君たちは、打ちさしたまへる碁打ちたまふ。昔より争ひたまふ桜を賭物にて、『三番に、数一つ勝ちたまはむ方には、なほ花を寄せてむ』と、戯れ交はし聞こえたまふ。 暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人びと皆挑み念じきこゆ。折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。」(「竹河」第二章七段)

竹河.jpg

「竹河」(『源氏物語』)
http://www.genji-monogatari.net/html/Genji/combined44.2.html#paragraph2.7  

「竹川もうつ蝉も碁やさつきあめ」の、この「竹川」は、吉原近辺の川の名などと解すると意味不明となって来る。また、この「うつ蝉」を「打つ蝉」などと解すると、これまた迷宮入りする。
 素直に、「竹川」と「うつ蝉」を、吉原の遊女の「源氏名」(妓名)などと解すると、句意が鮮明になり、同時に、拍子抜けするほど、「他愛ない」句ということに気付いて来る。
 句意は、「吉原の遊女二人が、五月雨が続き、お客さんが無く、無聊を慰めるため囲碁に興じている」ということになり、それに対応するように、「碁盤と馴染み客への登楼催促の文」が描かれているということになる。
 その後で、この「竹川」と「うつ蝉」が、『源氏物語』の、囲碁場面の、「空蝉」と「竹河」に由来しているとなると、抱一の、「してやったり」の洒落っ気と、技巧に技巧を凝らした句という思いがして来る。
 そして、これらの抱一の句や、その「賛(句)と画」との付け合いというのは、例えば、其角の、次のような句の世界に極めて近いという印象を深くする。

   時鳥暁傘を買わせけり (其角『五元集』)


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