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雨華庵の四季(その十) [雨華庵の四季]

その十「秋(一)」

花鳥巻秋一.jpg

酒井抱一筆『四季花鳥図巻(上=春夏・下=秋冬)』「秋(一)」東京国立博物館蔵
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0035821  

 ここから『四季花鳥図巻』の下巻(秋冬)がスタートする。中央のやや左寄りの上空に、満月の半円(下部)が描かれている。四季の景物を代表するものが、「花(晩春の季語)と月(三秋の季語)」で、連歌・俳諧(連句)では,懐紙各折の表裏(用紙を半折にし、その裏・表)にもれなく配するための規定である。
 懐紙四折を用いる百韻(百句形式の連歌・連句)では,各折に花、各折の表裏に月、但し最後の折の裏の月は省略して「四花七月」とする制(決まり)が定まっている。懐紙二折を用いる歌仙(三十六形式の連歌・連句)では,これに準じて「二花三月」との制(決まり)が定まっている。
 その上空の銀色の月から右下がりの対角線状に紅色の萩、そして左下がりの対角線状に白の萩が垂れ下がっている。その白萩の下に一羽の「あおじ(蒿雀・青鵐)」が描かれている。
 その「あおじ」の左脇には、紺色の朝顔と黄色の花(岩菲=がんび?)が咲いている。

花鳥巻秋一拡大.jpg

同上:部分拡大図

 この「あおじ(蒿雀・青鵐)」の右側に描かれているのは「鈴虫」(初秋の季語)、そして、この(「拡大図」)の右端の赤萩にとまっているのは「松虫」(初秋の季語)と区別しているのかも知れない((『日本の美術№186酒井抱一(千澤梯治編)』)では「松虫」の記述はない)。

月(三秋・「四日月、五日月、八日月、十日月、月更くる、月上る、遅月、月傾く、月落つ、月の秋、月の桂、桂男、月の兎玉兎、月の蛙、嫦娥、孀娥、月の鼠、月の都、月宮殿、月の鏡、月の顔、胸の月、心の月、真如の月、袖の月、朝月日、夕月日、月の出潮、月待ち、昼の月、薄月、月の蝕、月の暈、月の輪、月の出、月の入、月渡る、秋の月、月夜、月光、月明、月影、月下、上弦、下弦、弓張月、半月、有明月」)「秋の月である。春の花、冬の雪とともに日本の四季を代表する。ただ月といえば秋の月をさすのは、秋から冬にかけて空が澄み、月が明るく大きく照りわたるからである。新月が朔日(一日)で満月がだいたい十五日となる。したがってどの月も、満月は十五日ころになる。月の形は新月から三日月、上弦の月、満月、下弦の月(弓張月)、新月と変化する。」
 こぞ見てし秋の月夜は照らせども相見し妹はいや年さかる 柿本人麻呂「万葉集」
 あまの原ふりさけ見れば春日なるみかさの山に出でし月かも 安倍仲麿「古今集」
 鎖(ぢやう)あけて月さし入れよ浮御堂      芭蕉 「笈日記」
 月さびよ明智が妻の話せん            芭蕉 「勧進牒」
 われをつれて我影帰る月夜かな          素堂 「其袋」
 声かれて猿の歯白し峰の月            其角 「句兄弟」
 家買ひて今年見初むる月夜かな          荷兮 「炭俵」
 月に来よと只さりげなき書き送る         子規 「新俳句」

名月(仲秋・「明月、満月、望月、望の月、今日の月、月今宵、今宵の月、三五の月、三五夜、十五夜、芋名月、中秋節」)「旧暦八月十五日の月のこと。団子、栗、芋などを三方に盛り、薄の穂を活けてこの月を祭る。」
 水の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋のも中なりける 源順「拾遺集」
 名月や池をめぐりて夜もすがら     芭蕉 「孤松」
 名月や北国日和定めなき        芭蕉 「奥の細道」
 命こそ芋種よ又今日の月        芭蕉 「千宜理記」
 たんだすめ住めば都ぞけふの月     芭蕉 「続山の井」
 木をきりて本口みるやけふの月     芭蕉 「江戸通り町」
 蒼海の浪酒臭しけふの月        芭蕉 「坂東太郎」
 盃にみつの名をのむこよひ哉      芭蕉 「真蹟集覧」
 名月の見所問ん旅寝せん        芭蕉 「荊口句帳」
 三井寺の門たゝかばやけふの月     芭蕉 「酉の雲」
 名月はふたつ過ても瀬田の月      芭蕉 「酉の雲」
 名月や海にむかかへば七小町      芭蕉 「初蝉」
 明月や座にうつくしき顔もなし     芭蕉 「初蝉」
 名月や兒(ちご)立ち並ぶ堂の縁    芭蕉 「初蝉」
 名月に麓の霧や田のくもり       芭蕉 「続猿蓑」
 明月の出るや五十一ヶ条        芭蕉 「庭竈集」
 名月の花かと見えて棉畠        芭蕉 「続猿蓑」
 名月や門に指しくる潮頭        芭蕉 「三日月日記」
 名月の夜やおもおもと茶臼山      芭蕉 「射水川」
 名月や海もおもはず山も見ず      去来 「あら野」
 名月や畳の上に松の影         其角 「雑談集」
 むら雲や今宵の月を乗せていく     凡兆 「荒小田」
 名月や柳の枝を空へふく        嵐雪 「俳諧古選」
 名月やうさぎのわたる諏訪の海     蕪村 「蕪村句集」
 山里は汁の中迄名月ぞ         一茶 「七番日記」
 名月をとつてくれろと泣く子かな    一茶 「成美評句稿」
 名月や故郷遠き影法師         漱石 「漱石全集」

萩(初秋・「鹿鳴草・鹿妻草・初見草・古枝草/・見草・月見草・萩原・萩むら・萩の下風・萩散る・こぼれ萩・乱れ萩・括り萩・萩の戸・萩の宿・萩見」)「紫色の花が咲くと秋と言われるように、山萩は八月中旬から赤紫の花を咲かせる。古来、萩は花の揺れる姿、散りこぼれるさまが愛され、文具、調度類の意匠としても親しまれてきた。花の色は他に白、黄。葉脈も美しい。」
 白露もこぼさぬ萩のうねりかな     芭蕉 「栞集」
 一家に遊女もねたり萩と月       芭蕉 「奥の細道」
 行々てたふれ伏すとも萩の原      曽良 「奥の細道」
 小狐の何にむせけむ小萩はら      蕪村 「落日庵句集」
 萩散りぬ祭も過ぬ立仏         一茶 「享和句集」
 白萩のしきりに露をこぼしけり     子規 「寒山落木」

鈴虫(初秋・「金鐘児(すずむし)・月鈴子(すずむし)」)「かつては鈴虫を松虫、松虫を鈴虫と逆に呼んでいた。鈴を振る、経る、古る、降るなど掛詞として和歌の世界でも愛されてきた。」
 鈴虫や松明先へ荷はせて        其角 「いつを昔」
 更るほど鈴虫の音や鈴の音       之道 「あめ子」
 よい世とや虫が鈴ふり鳶が舞ふ     一茶 「七番日記」
 飼ひ置きし鈴虫死で庵淋し       子規 「子規全集」

松虫(初秋・「金琵琶・青松虫・ちんちろ・ちんちろりん」)「実際(現実)の松虫は、やや赤みをおびた黒色(飴色)で、鳴き声は「チンチロリン」。鈴虫は蟋蟀(コオロギ)に似た黒色で、鳴き声は「りーんりーん」。これが、江戸時代(『甲子夜話』)は、「松むしといへるは色くろく、鈴むしはあかきをいへり」と、松虫=黒、鈴虫=飴色で、現在と逆に理解されていたようである。上記の抱一のものは(部分拡大図)、地面で鳴いているのが「鈴虫=飴色」で、萩にとまって鳴いているのが「松虫=黒色」と、鈴虫と松虫とを峻別して描いているように思われる。
 まくり手に松虫さがす浅茅かな     其角 「句兄弟」
 松虫のりんとも言はず黒茶碗      嵐雪 「風俗文選」 
 松虫のなくや夜食の茶碗五器      許六 「鯰橋」
 松虫も馴れて歌ふや手杵臼       卓袋 「続有磯海」

あおじ(三夏・「蒿雀・青鵐」)「背は緑褐色であるが、喉から腹は黄色で黒い小斑点がとび、地面に降り立つ時などはその黄色が目につく。」
 青鵐鳴き新樹の霧の濃く淡く      秋櫻子「古鏡」
 青鵐鳴き野あやめ霧にしづくせり    秋櫻子「蘆雁」
 林ゆき青鵐が鳴けり初日さす      秋櫻子「雪蘆抄」

岩菲(初夏・「がんぴ・岩菲仙翁=がんぴせんのう」)「葉は長卵形で厚く、黄赤色の五弁花を開く。白い花のものもある。」
 から絵もやうつすがんぴの花の色    季吟「山の井」
 蜘蛛の糸がんぴの花をしぼりたる    虚子「虚子全集」
 たまに来るがんぴの花のしじみ蝶    立子「ホトトギス」

歌麿・松虫・蛍.jpg

喜多川歌麿//筆、宿屋飯盛<石川雅望>//撰『画本虫ゑらみ』国立国会図書館蔵
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288345

 松虫  土師掻安
  蚊帳つりて人まつ虫はなくばかりなにおもしろきねどころじやない
  (「人まつ虫」=「人待つ」と「松虫」の掛け。「ねどころじやない」=「音(ね)」と「寝    どころ」を掛けている用例。)
 蛍   洒楽斎瀧麿
  佐保川の水も汲まず身は蛍中よしのはのくされゑんとて
(「中よし」=「仲良し」と「なか葦の葉」の掛け。「くされゑん」=「腐れ」と「腐れ縁
  を掛けている用例。)

歌麿・松虫拡大.jpg

同上:部分拡大図

 上図の歌麿の『画本虫撰』の「松虫と蛍」の絵図は、夜の風景で、全体を「雲英(きら)摺り」(雲母の粉を絵具に応用して摺ったり刷毛でひいたりして余白をつぶす浮世絵版画の技法)で仕上げている。左側の飛んでいる蛍と草に停まって蛍の尻が白く光っている。また、右の花に停まっている「松虫」(部分拡大図)は、現在の「鈴虫」(黒色)で、冒頭の抱一の「松虫」と向き恰好は違うが、形状は同じものと思われる。そして、抱一の地面上の虫は「松虫」(飴色)で、現在の「鈴虫(黒色)・松虫(飴色)」と逆に理解すべきなのであろう。
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