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酒井抱一の「綺麗さび」の世界(六) [抱一の「綺麗さび」]

その六 「波に鷺図扇」(鶯蒲筆)

鶯蒲・扇面白鷺 .jpg

酒井鶯蒲筆「波に鷺図扇」一柄 紙本着色 一六・四×四五・〇㎝ 太田記念美術館蔵
【 扇という小画面で、鶯蒲の伸びやかな筆致が引き出された逸品であろう。「獅子現鶯蒲筆」と署名し大きな「伴青」朱文円印を捺す。白鷺の姿は十二ヶ月花鳥図の十一月の図など様々なポーズが描かれたが、本図では、波の上を越える躍動感が生まれている。 】
(『酒井抱一と江戸琳派の全貌(求龍社)』所収「作品解説(松尾知子稿)」)

 鶯蒲の作品は、抱一・其一らに比して遺された作品数は多くはないが、その作画領域は下記のとおり多方面にわたっている(以下の「図」とあるのは『酒井抱一と江戸琳派の全貌(求龍社)』所収「図録番号、「図※」は同図録番号=上記の作品)。

一 琳派図様を写したもの
 琴高仙人図、本阿弥光甫写しの三幅対(図二五五)

二 抱一図様・琳派図様の展開したもの
 牡丹蝶図(東京国立博物館)、楓図(フリア美術館)、銀杏図(ギッターコレクション)など。

三 節句画
 (図三〇四)など。

四 仏画など
 (図二六〇)(図二六一)など。

五 肖像画
 抱一上人像(現シアトル美術館蔵本)など。

六 吉祥画題、復古的な物語絵等
 旭日に波濤鶺鴒図(図二五四)、寿老図(図二五六)など

七 俳画・風俗画等
 雀踊り図(図二五九)など

八 工芸的作品
 扇(図※二五三ほか多数) 団扇(ギッターコレクション) 極小の絵巻(図二八八)など。

九 扇面散図屏風等

 扇面散図屏風(東京国立博物館)
 ↓
https://yahan.blog.so-net.ne.jp/2019-08-22

十 天井画
 草加市三覚院

十一 絵馬
 抱一と一門での合作の絵馬(縮図あり)など。

十二 版下絵
 版本挿絵(図二五二)、俳諧摺物など

 屏風絵などの大構図の作品は見られないが、天保七年(一八三六)の『広益諸家人名録』に「其一、鶯蒲、孤邨、素堂、抱儀、交山」の順に登載され、其一(四十一歳、鶯蒲、二十九歳)に次ぐ、雨華庵二世の地位にあったのであろう。
 当時、其一は酒井家家臣(九人扶持の一代絵師、抱一の「庭柏子」の号を継受)として、鶯蒲を補佐していたが、天保十二年(一八四一)に、鶯蒲が夭逝すると、その翌年に守一に家督を譲り、「菁々」の号でより自由な立場で筆を奮うことになる。

抱一・扇面白鷺.jpg

酒井抱一筆「扇面雑画(四十)・枯蓮に白鷺図」(「扇面雑画(六十面)の一面」)
紙本着色・墨画 三六・五×六三・八㎝(各面) 東京国立博物館蔵

https://image.tnm.jp/image/1024/C0093913.jpg

 これは、抱一の「扇面白鷺図」(東京国立博物館蔵)である。この白鷺図と鶯蒲の白鷺図を比べると、両者とも白鷺の躍動感が見事である。しかし、抱一の白鷺が両脚を揃えて、顔を左向きに地上の枯蓮を見下ろしているのに比して、鶯蒲のそれは、顔を右向けにし、片脚を長く伸ばし、海上の波濤を見下ろしているもので、さながら、師(抱一)弟(鶯蒲)の競演のような雰囲気を有している。
 そして、鶯蒲のそれが、金泥の霞引きを扇形に施して完成的な「晴(ハレ)の扇面画」とすると、抱一のそれは、いかにも老練な妙手の冴えを簡略な筆遣いに託した、扇骨もない、即興的な「褻(ケ)の扇面画」ということになろう。
 さらに、鶯蒲の「波に鷺図扇」の「波」は、次のアドレスの、「光琳→抱一→其一」の、それぞれの「波」(「波濤図」)などが念頭にあることはいうまでもない。

https://yahan.blog.so-net.ne.jp/2018-10-15

(再掲)

尾形光琳筆「波濤図屏風」(二曲一隻 一四六・六×一六五・四cm メトロポリタン美術館蔵)
【荒海の波濤を描く。波濤の形状や、波濤をかたどる二本の墨線の表現は、宗達風の「雲龍図屏風」(フーリア美術館蔵)に学んだものである。宗達作品は六曲一双屏風で、波が外へゆったりと広がり出るように表されるが、光琳は二曲一隻屏風に変更し、画面の中心へと波が引き込まれるような求心的な構図としている。「法橋光琳」の署名は、宝永二年(一七〇五)の「四季草花図巻」に近く、印章も同様に朱文円印「道崇」が押されており、江戸滞在時の制作とされる。意思をもって動くような波の表現には、光琳が江戸で勉強した雪村作品の影響も指摘される。退色のために重たく沈鬱な印象を受けるが、本来は金地に群青が映え、うねり立つ波を豪華に表した作品であったと思われる。 】(『別冊太陽 尾形光琳 琳派の立役者』所収「作品解説(宮崎もも稿)」)

(再掲)

酒井抱一筆「波図屏風」(二曲一隻・MIHO MUSEUM)
【 光琳の「波図屏風」を見て感銘を受けた抱一だが、本図で絹地に深い色あいが闇の海を切り取ったかのようで、光琳画の趣を彷彿とさせる。しぶきなどの簡単な描写にも、巧みな筆致が表れ、落款からは、文政後期、晩年の作とみられる。表の緑と裏面は銀地とし、抱一の弟子池田孤邨が千鳥の群れなす図を描いて華やかな風炉先屏風とした。八百善伝来。 】
(『酒井抱一と江戸琳派の全貌』所収「作品解説(松尾知子稿)」)

(再掲)

鈴木其一筆「松に波濤図屏風」(二曲一隻 紙本墨画 一六八・〇×一九・五㎝ 個人蔵)
【 近年関西で発見された其一には珍しい水墨画の大作である。紙は焼けが強く全面に淡褐色に変色しているものの、墨は当初の潤いを保つかのようであり、光が当たると鈍い輝きを放つ。画面の左右のそれぞれの端に丸い引き手跡が残っているため、もとは襖であったと思われる。向かって右側の画面右上、松の生える岩礁に隠れるように、「噲々其一」の署名と「祝琳斎」(朱文大円印)が捺される。書体は「三十六歌仙・檜図屏風」(作品41)に近しく、「噲」のうち第六画以降が崩れて「専」の草書のように、「其」が「サ」と「人」を足したように見える。天保六年(一八三五)という作品41の箱書に従うなら、本作もまた同時期の制作と考えられる。
画面右上から緩やかな対角線上に、松の生える岩礁、海中に横たわる巨岩と小岩が、滲みを効かせた濃墨によって描かれる。もっとも本作の主題は、これらのモチーフの間を縫うように流れるダイナミックな波の動きそれ自体にあるだろう。複雑かつ明晰な水流表現は、其一より一世代前に京都で活躍した円山応挙によって創始された大画面の波濤図に近しい。「噲々」落款時代の壮年における積極的な応挙学習の一端を物語る貴重な作例である。 】
(『鈴木其一 江戸琳派の旗手』所収「作品解説45(久保佐知恵稿)」)

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