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江戸の粋人・酒井抱一の世界(その二十一)  [酒井抱一]

その二十一 江戸の粋人・抱一の描く「その十一 吉原月次風俗図(十一月・酉の日)」

花街柳巷十一.jpg

酒井抱一筆「吉原月次風俗図」(十一月「酉の日」)
【 十一月(酉の日)
「酉の日や数の寶と鷲つかみ」の句に、酉の市で買った縁起物の熊手を描く。】
(『琳派第五巻(監修:村島寧・小林忠、紫紅社)』所収「作品解説(小林忠稿)」)

酉の市.jpg

歌川広重画「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」(絵師:広重 出版者:魚栄 刊行年:
安政四=一八五七):国立国会図書館蔵(「錦絵でたのしむ江戸の名所)  
https://www.ndl.go.jp/landmarks/details/detail267.html

 広重の「名所江戸百景」は、安政三年(一八五六)から同五年(一八五八)にかけて制作された連作浮世絵名所絵(全一一九枚)で、上記の「浅草田圃酉の町詣」は「冬の部(一〇二)」の「吉原妓楼より見た風景:背後の森は正燈寺」である。
 この図は、吉原妓楼の人気の無い部屋から猫が、浅草長国寺境内社の鷲(おおとり)神社に、十一月の酉の日に参詣する行列を見ているものである。十一月最初の酉の日は「一の酉」、次は「二の酉」、さらに、「三の酉」がある年は火災が多いとか、吉原遊郭に異変があるなどの俗信が言い伝えられている。
 以前は「酉の祭(とりのまち)」と呼ばれていたものが、その「祭」に「市」が立って、「酉の市(まち・いち)」が一般的な呼称となっている。広重は、この「名所江戸百景」の他にも、江戸のガイドブックとも言える『絵本江戸土産』(第六編)の中でも「浅草酉の町」と題して、下記のような隅田川方面からの鷲大明神に参詣する群衆を描いている。
 そこに、次の文章が書かれている。

「浅草大音寺前に在り日蓮宗長國寺に安置したまふ鷲大明神と世にはいへど、実は破軍星を祀りしなりとぞ、十一月の酉の日には参詣の諸人群衆なし、熊手と唐の芋をひさぐを当社の例いとす。」

酉の市二.jpg

国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8369311?tocOpened=1  

 縁起物の熊手も色々の種類があり、時代とともに形も飾り物も変わってきている。江戸中期より天保初年頃までは柄の長い実用品の熊手におかめの面と四手をつけたもので、上記の広重の『絵本江戸土産』での左の熊手のものは、その種のものであろう。
 冒頭の抱一の図柄は、その長い柄の熊手(商売繁盛を掻っ込む)と唐(頭)の芋(八頭を篠で輪にしたもの=子孫繁栄)を、人物を一切排除し、また、熊手などもお多福などの飾り物をオフリミットして、句(発句)と画(図柄)とを、「付かず離れず」の、連歌・俳諧の付合(付け合い)の要領に意を用いている。

  酉の日や数の寶と鷲つかみ   抱一

 季語は「酉の日」(酉の市・酉の町詣・一の酉・二の酉・三の酉・熊手市など)、「数の宝」は、「数多の宝」の意、そして、この「鷲つかみ」は、「鷲(おおとり)神社」と「鷲掴み=手のひらを大きく開いて荒々しくつかむこと」を掛けての用例であろう。
 句意は、「十一月の酉の市、熊手やお福面やら数多の縁起物を、鷲(おおとり)大明神に因んで、鷲(わし)掴みしよう」というようなことであろう。
 この「酉の市」関連の句としては、「抱一の画、濃艶愛すべしといえども、俳句に至っては拙劣見るに堪えず」と酷評した正岡子規の作句例が極めて多い。また、浅草生まれの、江戸情緒豊かに、芥川龍之介をして「東京の生んだ<嘆かひ>の発句」と評された、久保田万太郎に佳句が多い。

  お宮迄行かで歸りぬ酉の市   正岡子規
  お酉樣の熊手飾るや招き猫     同上
  世の中も淋しくなりぬ三の酉   同上
  傾城に約束のあり酉の市      同上
  傾城の顏見て過ぬ酉の市      同上
  吉原てはくれし人や酉の市    同上
  吉原を始めて見るや酉の市     同上  
  夕餉すみて根岸を出るや酉の市  同上
  女つれし書生も出たり酉の市    同上
  子をつれし裏店者や酉の市     同上
  時雨にもあはず三度の酉の市    同上
  畦道や月も上りて大熊手      同上
  縁喜取る早出の人や酉の市     同上
  遙かに望めば熊手押あふ酉の市 同上
  酉の市小き熊手をねぎりけり    同上
  雜鬧や熊手押あふ酉の市     同上
  めッきりとことしの冬や酉の市  久保田万太郎
  外套の仕立下しや酉の市      同上
  提灯のちやうちんや文字酉の市   同上
  松葉屋の女房の円髷や酉の市    同上
  酉の市はやくも霜の下りしかな   同上
  龍泉寺町のそろばん塾や酉の市   同上
  くもり来て二の酉の夜のあたゝかに 同上
  たかだかとあはれは三の酉の月   同上
  三の酉しばらく風の落ちにけり   同上
  三の酉つぶるゝ雨となりにけり   同上
  二階よりたまたま落ちて三の酉   同上


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