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江戸の粋人・酒井抱一の世界(その六) [酒井抱一]

その六 「大江丸の吉原」そして「抱一と加保茶元成(大文字屋市兵衛)」

大江丸像.jpg

「大江丸像」(『若葉集』所載)(『評釈江戸文学叢書七俳諧名作集(潁原退蔵著)』)
賛=うつくしきむねのさはぎやはつざくら 八十五才大江丸(実際の年齢に一歳加算している)

 うつくしきむねのさはぎやはつざくら(大江丸「大江丸像・『若葉集』所載・賛の句」)

  
 この「大江丸像(賛の句)」が収載されている『若葉集』というのは、享和三年(一八〇三)に刊行された、俳人俳画集(当代の俳人、三十六人の画像と一人一句および発句一〇三、歌仙一、半歌仙一を収める)のようである(『俳文学大辞典』)。
 もとより、この句が、大江丸のどの撰集や句集などに収載されているのかは皆目分からない。
 しかし、感じとして、寛政十二年(一八〇〇)の秋、江戸関東奥州を旅した紀行句文集『あがたの三月四月』の、「吉原大文字屋の遊女ひともととの一夕の艶話」「(『俳句講座三俳人評伝下』所収「大伴大江丸(大谷篤蔵)」)と、何処となく関係している雰囲気なのである。
 この大江丸の「遊女ひともととの一夕の艶話」に関して、『江戸諷詠散歩 文人たちの小さな旅(秋山忠彌著)』で紹介されているので、長文になるが、下記に抜粋をして置きたい。

【 大江丸は七十歳で隠居した。寛政十二年(一八〇〇)七十九歳のときのことである。職業柄、七十余度も往復したという江戸への旅を思い立ち、東海道を下った。そして江戸滞在中のある日、正確には九月十七日のこと。浅草寺へ詣でたおり、堂にかかげられた絵馬の前に足を止め、じっと見入る。書かれている見事な歌と筆づかいに魅せられてしまったのである。奉納した主が吉原の遊女ひともとだと知り、むしょうに会いたくなった。ひともとの抱え主は、大文字屋市兵衛である。市兵衛は、狂名は加保茶元成(かぼちゃもとなり)といい、幸いなことに大江丸とは狂歌を通じて知己であった。さっそくに大江丸は、同じく狂歌仲間の烏亭焉馬(うていえんば)らにも同伴してもらい、大文字屋でひともとに会うことになる。あくまでも元成の客人という扱いで、元成の居室で対面した。大江丸は喜びにふるえながら、思いのたけを込めた一句を、ひともとに差し出す。

  ひともとの菊こそつゆの置所(おくどころ)

 菊にやどった露は、これを飲むと邪気を払い、齢(よわい)を保つとされた。ひともとは、はるばる浪花からの客人への返し句に、

  ゆめとよみしなにはゆかしと秋ながう
 
と詠んだ。大江丸は、年甲斐もなくうれしさに気持がたかぶり、なぜ若いときに会えなかったのかと、悔し涙を流さんばかりに、

 手ざはりの繻子我秋を泣かせるか

と、再び句をしたためて差し出した。   】

大文字屋.jpg

酒井抱一筆「大文字屋市兵衛図」一幅 板橋区立美術館蔵
【おどけた表情がユニークなこの小柄の男は、吉原京町大文字屋の初代主人、村田市兵衛。かぼちゃに似た市兵衛の顔立ちは宝暦の頃ざれ唄になり囃されたが、彼は自らこれを歌って人気を得たという。抱一は二代市兵衛(一七五四~一八二八、狂名加保茶元成)やその子三代市兵衛(村田宗園)と親しく、くだけた姿の初代の肖像も、そのゆかりで描いたものだろう。 】(『酒井抱一と江戸琳派の全貌(求龍堂)』「作品解説・岡野智子稿」)

 大江丸の「遊女ひともととの一夕の艶話」は、二代市兵衛(一七五四~一八二八、狂名加保茶元成)の時代で、大江丸が二代市兵衛(狂名加保茶元成)と知己であるということは、即、酒井抱一とも程度の差はあれ知己の間柄であったと解するのが自然であろう。
 大江丸に同伴した烏亭焉馬は、戯作者・浄瑠璃作家で、落語中興の祖として知られているが、俳諧や狂歌、そして、市川団十郎(五代目、俳号=白猿、狂歌名=花道のつらね)を後援する「三枡連(みますれん)」結成の中心的人物でもある。
 この市川団十郎と抱一とは昵懇の関係であり、狂歌連としては、吉原大文字屋の加保茶元成が主宰する「吉原連」とは、それぞれが程度の差はあれ何らかの関係にあったということになろう。

 上記の「大文字屋市兵衛図について、同書(岡野智子稿)で、詳細な「作品解説99」も掲載している。

【 吉原京町大文字屋の初代主人、村田市兵衛をモデルとする小品。市兵衛の風貌はかぼちゃに似て、宝暦の頃ざれ唄になり囃されたが、彼は自らこれを歌って人気を得たという。市兵衛が歌い踊る酔興な姿は白隠画にもあるが(永青文庫蔵)、本図は大田南畝『仮名世話』『耽奇漫録』に見出される西村重長原画の大文字屋かぼちゃ像をほぼ踏襲している。賛はそのざれ唄の歌詞。署名は「郭遊抱一戯画」「文詮」(朱文円印) 抱一は二代目市兵衛(一七五四~一八二八、狂名加保茶元成)やその子三代市兵衛(村田宗園)と親しく、二代目市兵衛の千束の別宅に千蔭と遊び、庭内の人丸堂で人麿影供を行うなど、吉原を離れての私的な集まりに参じていたという指摘もある。もとより大文字屋は小鶯を身請けした妓楼であり、抱一のパトロン的存在でもあった。長年にわたる交際により抱一と大文字屋を結ぶ作品が遺され、吉原通の抱一の姿を伝えている。
(賛)      
十にてうちん
 の花むらさきの
  ひも付で
   かさりし
玉や女らう衆かこいの
 すこもりもんな
 つるのまるよいわいないわいな
        其名を 市兵へと 申します   】
 
 ここに出て来る、三代目市兵衛(村田宗園)は、抱一に絵の手ほどきを受けていたと伝えられ、抱一が吉原で描いた淡彩による俳画集『柳花帖』(姫路市美術館蔵)には、その三代目市兵衛が箱書きをしている。
 その『柳花帖』の賛に書かれた発句一覧などについては、下記のアドレスで触れている。それを再掲して置きたい。

https://yahan.blog.so-net.ne.jp/2018-09-05

(再掲)

酒井抱一俳画集『柳花帖』(一帖 文政二年=一八一九 姫路市立美術館蔵=池田成彬旧蔵)の俳句(発句一覧)
(『酒井抱一と江戸琳派の全貌(松尾知子・岡野智子編)』所収「酒井抱一筆「柳花帖」俳句一覧(岡野智子稿)」) ※=「鶯邨画譜」・その他関連図(未完、逐次、修正補完など) ※※=『屠龍之技』に収載されている句(「前書き」など)

  (画題)      (漢詩・発句=俳句)
1 月に白梅図   暗香浮動月黄昏(巻頭のみ一行詩) 抱一寫併題  ※四「月に梅」
2 白椿図     沽(うる)めやも花屋の室かたまつはき
3 桜図      是やこの花も美人も遠くより ※「八重桜・糸桜に短冊図屏風」
4 白酒図     夜さくらに弥生の雪や雛の柵
5 団子に蓮華図  一刻のあたひ千金はなのミち
6 柳図      さけ鰒(ふぐ)のやなきも春のけしきかな※「河豚に烏賊図」(『手鑑帖』)
7 ほととぎす図  寶(ほ)とゝきすたゝ有明のかゝみたて
8 蝙蝠図     かはほりの名に蚊をりうや持扇  ※「蝙蝠図」(『手鑑帖』)
9 朝顔図     朝かほや手をかしてやるもつれ糸  ※「月次図」(六月)
10 氷室図    長なかと出して氷室の返事かな
11 梨図     園にはや蜂を追ふなり梨子畠   ※二十一「梨」
12 水鶏図    門と扣く一□筥とくゐなかな   
13 露草図    月前のはなも田毎のさかりかな
14 浴衣図    紫陽花や田の字つくしの濡衣 (『屠龍之技』)の「江戸節一曲をきゝて」
15 名月図    名月やハ聲の鶏の咽のうち
16 素麺図      素麺にわたせる箸や天のかは
17 紫式部図    名月やすゝりの海も外ならす   ※※十一「紫式部」
18 菊図      いとのなき三味線ゆかし菊の宿  ※二十三「流水に菊」 
19 山中の鹿図   なく山のすかたもみへす夜の鹿  ※二十「紅葉に鹿」
20 田踊り図     稲の波返て四海のしつかなり
21 葵図       祭見や桟敷をおもひかけあふひ  ※「立葵図」
22 芥子図      (維摩経を読て) 解脱して魔界崩るゝ芥子の花
23 女郎花図     (青倭艸市)   市分てものいふはなや女郎花
24 初茸に茄子図    初茸や莟はかりの小紫
25 紅葉図       山紅葉照るや二王の口の中
26 雪山図       つもるほと雪にはつかし軒の煤
27 松図        晴れてまたしくるゝ春や軒の松  「州浜に松・鶴亀図」   
28 雪竹図       雪折れのすゝめ有りけり園の竹  
29 ハ頭図      西の日や数の寶を鷲つかみ   「波図屏風」など
30 今戸の瓦焼図    古かねのこまの雙うし讃戯画   
            瓦焼く松の匂ひやはるの雨 ※※抱一筆「隅田川窯場図屏風」 
31 山の桜図      花ひらの山を動かすさくらかな  「桜図屏風」
  蝶図        飛ふ蝶を喰わんとしたる牡丹かな      
32 扇図        居眠りを立派にさせる扇かな
  達磨図       石菖(せきしょう)や尻も腐らす石のうへ
33 花火図       星ひとり残して落ちる花火かな
  夏雲図       翌(あす)もまた越る暑さや雲の峯
34 房楊枝図    はつ秋や漱(うがい)茶碗にかねの音 ※其一筆「文読む遊女図」(抱一賛)
  落雁図       いまおりる雁は小梅か柳しま
35 月に女郎花図    野路や空月の中なる女郎花 
36 雪中水仙図     湯豆腐のあわたゝしさよ今朝の雪  ※※「後朝」は
37 虫籠に露草図    もれ出る籠のほたるや夜這星
38 燕子花にほととぎす図  ほとときすなくやうす雲濃むらさき 「八橋図屏風」
39 雪中鷺図      片足はちろり下ケたろ雪の鷺 
40 山中鹿図      鳴く山の姿もミヘつ夜の鹿
41 雨中鶯図      タ立の今降るかたや鷺一羽 
42 白梅に羽図     鳥さしの手際見せけり梅はやし 
43 萩図        笠脱て皆持たせけり萩もどり
44 初雁図       初雁や一筆かしくまいらせ候
45 菊図        千世とゆふ酒の銘有きくの宿  ※十五「百合」の
46 鹿図        しかの飛あしたの原や廿日月  ※「秋郊双鹿図」
47 瓦灯図       啼鹿の姿も見へつ夜半の聲
48 蛙に桜図      宵闇や水なき池になくかわつ
49 団扇図       温泉(ゆ)に立ちし人の噂や涼台 ※二十二「団扇」
50 合歓木図     長房の楊枝涼しや合歓花 ※其一筆「文読む遊女図」(抱一賛)
51 渡守図       茶の水に花の影くめわたし守  ※抱一筆「隅田川窯場図屏風」
52 落葉図      先(まず)ひと葉秋に捨てたる団扇かな ※二十二「団扇」



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