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応挙工房周辺(大乗寺(その三 山水図)) [応挙]

その五 大乗寺(その三 山水図)

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応挙筆「山水図襖」(「山水の間」西側四面、この裏面に「郭子儀の間」東四面)
各一八六・〇×一一五・〇cm 大乗寺(客殿山水の間)→A図

【 山水図 円山応挙筆
 部屋の角に描かれた高山より流れ落ちる滝が流れとなって里を潤し、大河となって海に注がれるまでの様が描かれている本図は、正面から見ても側面から見ても、画中に遠景まで続く奥深い空間が感じられる構成となっている。仏教上の方位では、十一面観音の西側に位置する部屋であることから、西方世界を守護する広目天の美の世界を、美しい風景でイメージさせたとも解釈されている。床の間には正面から見た時と、左右が見た時と、それぞれ異なる風景になるよう描かれた一種のだまし絵があり、違い棚の天袋には、桃、枇杷、柘榴、葡萄という、当時は仙菓といわれた果物が描かれている。 】(『大乗寺(佐々木丞平・正子編著)』所収「山水の間」)

 この画面(A図)の左上の「天井に近いところに描かれた高山から流れ出た水は、右下の谷に注がれ、川となり一旦画面から消える。」その右下に隠れた川の流れは畳面をぐるっと廻り、今度は「南面右(B図の右側)の湖または内海に注がれる。」

山水り間南.jpg

応挙筆「山水図」(「山水の間」南面の襖・壁貼の内)→B図

 そして、その内海は、上記(B図)のとおり日本海の「天の橋立(大乗寺東方50km)」のような入り江を経て、やがて海峡から広大な海につながっていく。
「この時海を眺める視点は、それまでの右西側画面(A図の「高い山の滝の流れが下流の川」と、正面南画面の「B図の高い山から内海の景」)で強調されていた上下の落差ではなく、広く水平に見渡す視点(B図の左端の敷居を基調とする)で描かれている。

山水の間床.jpg

応挙筆「山水図」(「山水の間」東面「床貼付」「壁貼付」の内)→C図
応挙筆「果子図」(天袋四面)(「山水の間」東面「床の間」の「天袋」)

 この「山水の間」は「床の間」(東面)に面して一段高い床になっている「上座」があり、
「海の水平線は上座の一段高い床に座った人の視線に合わされて描かれている。」また、低い床に座った人からは、「高山は仰ぎ見るように描かれている。」
 さらに、床の間の畳や床板を水面と見立てた構図となっている。夕暮れとともに畳の目が水面をおおう小波のように見える工夫や、床板に写る小島の楼閣はまさに明鏡止水の水面風景であるふうに見えるなど、さまざまな「空間マジック」「空間トリック」が随所に施されている。
 そして、これらの「西側四面の襖絵(A図)」と「南側襖絵(二面・一面)・壁貼付絵(二面・一面)(B図)」と「東側の床の間・違い棚・天袋の床貼付絵(C図)」と一巡して、その北側(障子)を開けると、そこには、大乗寺から見下ろす眼下の日本海が見えるように工夫されているようである。
 これは、補記一(山水の間)の解説文を見ながら、「大乗寺デジタルミュウジアム 」のそれぞれのバーチャル空間で、鑑賞していくと、これは、さながら、「デジタルミュウジアム 」の名に相応しいような思いを実感する。
 さて、この「天袋」の右から「枇杷・桃・葡萄・柘榴」の、この「仙果」は応挙筆なのだが、さらに、「西側四面の襖絵(A図)」の上部の「小壁」(「欄間」と「襖」の間の小壁)
には、木下応受(応挙三男・木下家養子)筆の「遊亀図」が描かれている。

小壁(亀).jpg

木下応受筆「遊亀図」紙本淡彩(山水の間)二面(襖四面=A図の上部)
同種のものが絵柄を変えて、「孔雀の間(二面)」・「郭子儀の間(四面)」にも描かれている。


補記一 山水の間

http://museum.daijyoji.or.jp/02kyaku/02kai/02_01_03k.html

山水図 円山応挙筆 天明7年[1787年]12月について

 この部屋は大乗寺客殿の北側に位置した部屋であり、仏教上の方位で十一面観音の西側に位置し、西方世界を守護する広目天の存在を意味する部屋となっています。
 位の高い人を迎えるための部屋で、床が一段高くなった座が用意されています。南側に隣接する「鯉の間」は控えの部屋としての役割をもち、東側の「藤の間」は要人を守る武者隠しとして設けられています。座には床の間と違い棚が設けられ、他の部屋に比べて造作に凝った部屋となっています。
 山水図は深山幽谷から流れ落ちる水が滝となり川となって、大地を潤しながら大海へと注ぐ壮大な様を金箔地に墨で描いており、身分の高い人を迎える部屋らしく他の部屋に比べいっそう高潔な印象を与えます。この部屋の障壁画は高い場所を仰ぎ見る視点や低い場所を見下ろす視点、遠くを水平に見渡す視点と異なる視点を取り込みながら描かれています。
 部屋の南西隅で襖が直角に接している部分の天井に近いところに描かれた高山から流れ出た水は、右下の谷に注がれ一旦画面から消えます。その右下に隠れた川の流れは畳面をぐるっと廻り、今度は南面右の湖または内海に注がれます。内海とすると天の橋立(大乗寺東方50km)のようにも見えます。やがて海峡から広大な海につながっています。この時海を眺める視点はそれまでの右側画面で強調されていた上下の落差ではなく、広く水平に見渡す視点で描かれていることがわかります。同時に大乗寺の北方にある日本海へと視線を導きます。低い床に座った人からは高山は仰ぎ見るように描かれており、また海の水平線は上座の一段高い床に座った人の視線に合わされて描かれています。このようにさまざまな視点のマジックを駆使して応挙はこの部屋を構成しているのです。

◆板や畳の面を水面と感じさせる巧みさ
 この部屋の床の間や違い棚のあるところの壁面にも風景が描かれていますが、よく見ると床の間の畳や床板を水面と見立てた構図となっています。夕暮れとともに畳の目が水面をおおうさざ波のように見えたり、床板に写る小島の楼閣はまさに明鏡止水の水面風景であるふうに見えるなど、そこここに視覚のマジックを使った面白さが用意されています。

◆どちらから見てもきちんと繋がる構図
 床の間と違い棚の部分の壁面はひとつの構図につながった絵柄となっています。床の間と違い棚の境に壁があって、その壁の両面にも山水の風景が描かれていますが、壁面が直角に接する部分には床の間の側から見ても、違い棚の側から見てもつながった構図となっています。

◆削られた柱
 襖絵の表装をやり直した折、絵を内側に巻き込んだ部分が見つかりました。その隠されていた部分を出して新たに表装し直した結果、襖の幅が少し広くなってしまいました。その襖を入れるために柱の襖の入る部分を削って襖を収めています。山水の間には実際の太さよりも細く見える柱があるのです。

小壁 遊亀図 木下応受筆について
 「山水の間」西面の欄間と長押の間に小壁があり、木下応受の筆になる遊亀図が描かれています。大乗寺の山号である「亀居山」に因んだ絵柄であるといわれており、悠然と浮かぶ亀の姿が高貴な部屋のゆったりした時間を演出しているようにも見えます。

◆欄間 透かし彫りについて

「芭蕉の間」(「郭子儀の間」)と「山水の間」の間

 松林と月の絵柄です。松林は「波と獅子の欄間」と同様に天の橋立を連想させます。洗練された形に切り抜かれ、隣の部屋からの光に浮かび上がる効果を考えているようです。透過する光の強弱による影が様々に表情を変え、時々の浜辺の情景を想像させます。また木目が波紋状になっており、亀の遊ぶ池の水面に写った月と松林ともいわれ、小壁に対応させた絵柄となっています。

補記二 「空間芸術家でもあった応挙」と「絵画空間と現実空間の接点」

http://museum.daijyoji.or.jp/05temple/05_01.html

その1. 空間芸術家でもあった応挙

 天明7年5月大乗寺普請を進める密英上人は上洛して応挙に会い、大乗寺の襖絵を依頼しています。応挙は密英上人の意を受けてこの障壁画空間のプランを練り、一門の絵師達に担当を割り振ったのでしょう。各部屋にテーマをもたせそれにあわせた画題を決めていったのではと思われます。画題の奥に隠された意味と、各部屋が構成する一大宗教空間のプランが応挙の頭の中にあったのでしょう。
 部屋の位置や襖の開け閉め、座った時の視点の位置や現実空間との融合までを考え、それぞれの部屋の絵がつくり出すイメージと宗教的な思想空間を一致させ、立体曼荼羅を構成していく応挙は、絵師であると同時に空間芸術家としての能力も兼ね備えていたのです。

http://museum.daijyoji.or.jp/05temple/05_07.html

その7. 絵画空間と現実空間の接点

 大乗寺は日本海に面した香美町香住区から内陸に少し入り、矢田川が大きくカーブを描く丘の上に建てられています。寺は東側の山を背に西向きに位置し、南方向には山岳修験道の行場(三川権現社)(注1)をもつ霊山三川山があります。また北方向には日本海に視界が大きく広がります。
 
 客殿の西面にある「孔雀の間」の「松に孔雀図」は、ほぼ原寸大で松と孔雀が描かれています。部屋両端面襖に描かれた松の枝は前庭に向って伸び、視線を前庭にスムーズに導きます。この前庭には楠の巨木や松が植えられ絵画空間と現実空間との絶妙な一体感を意図して描かれているのです。
 北面にある「山水の間」には三川山方向に描かれた深山からの渓流が、大乗寺前を流れる現実の矢田川となり、日本海方向にある大海に注ぐまでをテーマとした見事で壮大な風景絵巻が表現されています。
 東方向にある「鯉の間」の前方には鯉池があり、襖に描かれた池の鯉と現実空間の鯉の棲む池との融合が意図されています。
 また客殿2階に描かれた「群猿図」は三川山方向の面には山から下る猿を、日本海方向の面には海に戯れる猿の群れを描き、現実世界との関連が表現されています。
 さらに「孔雀の間」と「芭蕉の間」の境の欄間には波に戯れる獅子が西向きで彫られ、西方浄土に向かう姿をを暗示しています。
 このように、大乗寺客殿は個々の作品の芸術性を追求しているだけでなく、前庭と楠の巨木、三川山、日本海、矢田川、鯉池等の現実空間と絵画空間とがつながり融合することを目指したといえます。
 さらに大乗寺客殿は現実空間と絵画空間を繋げ、自分自身(小宇宙)を球面状に広げ、最終的に自身が大宇宙そのものであるということ、また逆に大宇宙を収斂して自身の中に大宇宙を取り込む観想(心を集中して深く考えること)をして、本質的にマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(小宇宙、自分自身)が同一であることを知る(悟りを得る)ための密教の修行道場の空間としての機能も持っているのです。
注1 三川山の三川権現は大和の大峯山、伯奢の三徳山と並ぶ日本三大権現のひとつです。

http://museum.daijyoji.or.jp/05temple/05_08.html

その8. 大乗寺の隠された符丁

 大乗寺の障壁画には様々の符丁が隠されています。その一部をご紹介しましょう。

(1) 日本海に視線を誘う
「山水の間」は山から落ちる渓流がやがて海に注ぐ過程をテーマに描かれています。川の流れは部屋をぐるりと廻って海に至るのですが、海は日本海に視線を誘うかのように客殿の北方向に広がって描かれているのです。

(2) 襖絵の背景と大乗寺の立地条件
客殿2階「猿の間」の「群猿図」の背景は北方向に海を南方向に山を描いています。大乗寺の立地は北に日本海を、南に三川山という立地であり、「群猿図」の猿が遊ぶ絵の背景は現実の風景に符丁を合わせています。

(3) 阿弥陀仏は孔雀に乗っている
仏間に安置された十一面観音の頭頂部の化仏(けぶつ)は阿弥陀如来です。阿弥陀仏の乗り物は孔雀であるので、仏間の前に位置する部屋に阿弥陀如来を象徴する孔雀が描かれているのです。

(4)「笑」は「竹」の下に「犬」
十一面観音の頭頂部の化仏のうち後頭部に位置する大笑面の方向に「狗子の間」があり、じゃれあう子犬が描かれています。「狗子の間」には竹の下に犬を描いた絵柄があり、これは漢字の「笑」を意味して大笑面に符丁を合わせたものであり、隠された意味を含ませて描かれていると考えられています。

(5) 欄間の獅子も西を向く(注「芭蕉の間」=「郭子儀の間」)
「孔雀の間」「芭蕉の間」の間に欄間があり波に戯れる獅子が透かし彫りされています。獅子は西方向に向いており、仏間の十一面観音菩薩像も西に向いて安置されていることから、欄間の獅子も西方極楽浄土を暗示しているのです。

(6) 亀居山だから亀を描く
「孔雀の間」「芭蕉の間」「山水の間」と応挙の手がけた間の小壁には亀のが描かれています。(木下応受筆)これは大乗寺の山号が亀居山であることにちなんでいます。寺の山号を描いていることから応挙の描いた3部屋は客殿の中でも重要な部屋であったことがわかります。

(7) 燕が高く飛ぶ絵柄の意味
「農業の間」の小壁の「飛燕図」(山跡鶴嶺筆)は高く飛ぶ燕の姿が描かれており、「農業の間」「使者の間」「禿山の間」の順に襖の絵柄が平地→山の登り口→山頂と高くなっていく意味と符丁を合わせているかのように描かれているのです。

(8) 欄間の絵柄が意味するもの(注「芭蕉の間」=「郭子儀の間」)
「孔雀の間」と「芭蕉の間」の間の欄間の絵柄は波に遊ぶ獅子で、「芭蕉の間」と「山水の間」の間の欄間は松林と月の絵柄です。獅子を台座にする仏は大日如来か文殊で、天橋立の近くに文殊という地名もあり、獅子や波と松林の絵柄は天橋立をイメージさせているのではないかと思われます。

(9) 隣室へ意味をつなぐ
「農業の間」「使者の間」「禿山の間」の絵柄に平地→山の登り口→山頂と高くなっていく意味を持たせていたり、「猿の間」は山から海への地形を背景に描きながら山方向の隣室は「鴨の間」で山中の池に遊ぶ鴨が描かれるなど、隣室へのつながりを意図した画題を選んでいます。これは絵師がそれぞれを描く以前に誰かが計画を立てプロデュースしたと考えられ、応挙の棟梁としての側面がうかがえるのです。

(10)つながっている絵画の世界と実風景
「孔雀の間」に描かれた孔雀や松はほぼ原寸大で、前庭の方向に伸びた松の枝はまるで前庭に植えられた現実の木の枝と見まがうばかりに描かれています。また、「鯉の間」は応瑞が水に泳ぐ鯉を幻想的なタッチで描いていますが、「鯉の間」の前庭には池があり本物の鯉が泳いでいるのです。このように絵画の世界と現実風景との融合が意図されているのです。
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