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「東洋城・寅彦、そして、豊隆」(漱石没後~寅彦没まで)俳句・連句管見(その九)  [東洋城・寅日子(寅彦)・蓬里雨(豊隆)]

その九「大正十四年(一九二五)」

[東洋城・四十八歳。東洋城・寅彦・豊隆共著の「漱石研究」岩波刊。足利にて俳諧道場。川中島、京洛、岩手、桐生、伊予に遊ぶ。古典文学の俳句諷詠を始める。就中、歌舞伎俳句を「渋柿」と雑誌「歌舞伎」に発表、歌舞伎十八番は殆ど俳句に諷詠した。連句新形式「新三つ物」「起承転結」「二枚折」創案制作を始めた。]

ふるさとへ老母を負ふや月の旅(前書「つひに母を伴ひ候」)
ふるさとのわが古家の芙蓉かな(前書「十幾年にして我家に起居して」)

「歌舞伎十八番の内 斬(新鹿島社頭の場)五十四句」のうちの五句

歌舞伎・暫.jpg

https://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/play/play11.html

[権五郎が「花道」から「本舞台(ほんぶたい)」に来て両肌を脱いでいる間、舞台上では、「アーリャー、コーリャー」という声が繰り返され、権五郎の「見得(みえ)」に合わせて最後に「デッケエ」という声が上がります。この声を「化粧声(けしょうごえ)」といい、「荒事」の登場人物に対してかけられる褒めことばです。『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』の曽我五郎などでも掛けられます。]

一声や草の遥かの雉子が鳴く( 前書「斬(第一声)」
又の声の却て遠き長閑かな(前書「第二声」)
つゞけざまに雉子啼き立つるきほひかな(前書「第三声」)
松の花や本家本店荒事師(前書「今暫くと声をかけつん出た奴をよく見れば」)
こゝにこれの根源歌舞伎花盛(前書「歌舞伎十八番『斬』)


[寅彦(寅日子)・四十八歳。一月、柳田国男と地名について話する。五月、チェロを習い始める。六月、帝国学士院会員となる。八月、従四位に叙せられる。十月、最初の歌仙「水団扇の巻」(東洋城との両吟))が「渋柿」に掲載される。十一月、震災予防評議会評議委員となる。十二月、勲三等に叙せられる。]

※「歌仙 水団扇の巻」(東洋城・寅日子の両吟、大正十四年十月「渋柿」)


水団扇鵜飼の絵なる篝(かがり)かな  東洋城  夏・景(外)
 旅の話の更けて涼しき       寅日子  夏・人(自・他)
縁柱すがるところに瘤ありて     城  雑・景(内)
 半分とけしあと解けぬ謎     子  雑・人(自)
吸物をあとから出した月の宴       城  月
 庭のすゝきに風渡る頃        子  秋・景(外)

山里は洗足(ソソギ)の水も秋早く     ゝ  秋・景(内)
 只だ飼ふまゝに鯉の痩せやう      城  雑・景(外)
たまさかに内に居る日は不興にて     子  雑・人(自)
 もの烹(ニタ)きながら結ひいそぐ髪   城  雑・人(「恋句」呼び出し)
君来べきしるしなればや宵の雨     子  恋
 草紙の中の世さへ悲しく     城  恋
梅の実の色づく日々の医者通ひ     子  春・人(自)
医は医なれども謡のみ説く     城 雑・人(他)
提燈の箱も長押に年古(フ)りぬ     子  雑・景(内)
 唯一軒の家囲む森         城  雑・景(外)
五加木(ウコギ)垣都の花に背を向けて   子  花
 昔の春の御厨子黒棚         城  春・景(内)
ナオ
定めとて月の朔日目刺焼く     ゝ  雑・人(自)※月=月日の月
 不孝の悴九離勘当           子  雑・人(他)
持山の奥も見知らず代々に        城  雑・人(他)
 狸を祭る大杉の蔭         子  雑・景(外)
降りすぐる一時雨に日のありて    城  冬・景(外)
 土の匂ひの侘しなつかし     子  雑・人(自)
薪小屋の薪も尽きたる黄昏れに      城  雑・景(外)
 うしろの藪の雪折の音       子  冬・景(外)
淋しさは水車の屋根の石叩     城  恋(?)
 死んだ女房の襤褸(ボロ)干しゐる     子  恋
年回に当たらぬ年の盆の月        城  月
 犬に物言ふ縁の白萩          子  秋・景(外)
ナウ
やうやうに野分の跡の片づきて     ゝ  秋・景(外)
 用はなけれどけふも出あるく      城  雑・人(自)
安本をあさり暮らすも癖のうち     子  雑・人(自)
 めかけの数に殖える別荘     城  雑・人(他)
花見の場舞台廻ればものさびて      子  花
 朧を刻む杉の四五本         城  春・景(外)


(参考その一) 「連句と寅日子(市川千年稿)」周辺

http://www.basho.jp/ronbun/ronbun_2018_11_01.html

[ 寺田寅彦(明治一一~昭和一〇)が巻いた歌仙は四七巻(未完成その他を入れると七〇巻)であるが、最初に満尾した歌仙は松根東洋城(明治一一~昭和三九)との両吟歌仙「水団扇の巻」である。
この歌仙は、寅彦四八歳(数え年)の大正一四年八月二七日、東洋城と新宿駅のプラットホームで落合い、昼食前から十二荘梅林の離亭を借りて「連句を開筵」、午後8時半まで、場所を変えつつ九時間余りで名残のウラ2句目まで付け、九月八日に追加満尾し、同年十月東洋城主宰の『渋柿』(大正四年二月創刊)に掲載された。(中略)

 寅彦は初めて歌仙を巻いた感想を小宮豊隆に手紙で伝えている。「・・やつて見ると段々に六かしい事が分つて来るのを感じました。最初の二頁位は呑気に面白くても三頁辺からソロゝゝ単調と倦怠が目に立つて来る。それをグイゝゝ引立つて行くのは中々容易な事でないといふ事が朧気ながら分るやうな気がしました。此ういふ体験だけが一日の荒行の効果であつたかと思ひます。かういう事を考へて見ると、人の付け方が自分の気に入らぬ時でも、其れを其儘に受納して、そうして其れに附ける附け方によつて、その気に入らぬ句を自分の気に入るやうに活かす事を考へるのが、非常に張合のある事のやうに思はれて来ます。此れは勿論油臭い我の強いやり方でありますが、さういふ努力と闘争を続けることによつて、芭蕉の到達した処に近づく事が出来るのではないかという気もします。・・当日低気圧通過後の油照で恐ろしく蒸暑く、其れに一日頭を使つた為非常に疲労し、夜中非常な鼾で妻の安眠を妨害し抗議を申し込まれました・・・」 ]


[豊隆(蓬里雨)・大正十三年(四十一歳)=東北大学教授となる。大正十五年(四十三歳)=芭蕉俳諧研究会を始める。]


(参考その二)「連句とは」(「日本連句協会」)

https://renku-kyokai.net/renku/

[連句とは
連句(略)
歌仙・半歌仙(略)
歌仙式目(抜粋=「歌仙季題配置表」)

歌仙季題配置表.jpg

様々な形式(一部抜粋)

百韻=四折=百句/ 四花七月 /初の折/ 表八句/(七句目月)/ 裏十四句/(九句目月、十三句目花)/ 二の折 表十四句(月)/ 裏十四句 (月、十三句目花)/ 三の折/表十四句 (月) /裏十四句 (月、十三句目花)/ 名残の折/ 表十四句(十三句目月)/ 裏 八句 (七句目花)。 昔は百韻を五巻揃える五百韻や十巻の十百韻(とっぴゃくいん)も行われた。
八十八興(略)
七十二候(略)
易(えき)(略)
源氏(略)
五十韻=二折=五十句/二花四月 /百韻の初折と二の折を合わせたもの。
長歌行(略)
世吉(よよし)(略)
二十八宿(略)
短歌行(略)
箙(略)
半歌仙(略)
首尾吟(略)
歌仙首尾(略)
表白(略)
裏白(略)
表合(略)
三つ物/(三句)= 発句・脇・第三句の三句をいう。江戸時代から歳旦の祝詞として詠む習わしが生じ、明暦(一 六五五~五七)ごろから大流行となり、歳旦開きという行事までもが行われた。三句のう ち、月・花また神祇・釈経・恋など何を詠んでもよい。

新しい形式(一部抜粋)

胡蝶(略)
蜉蝣(かげろう)(略)
ソネット(略)
存風連句(略)
居待(略)。
十二調(略)
十八韻(略)

非懐紙形式(略)  ]

(参考その三)「 芭蕉の時代が伝授する句の付け筋」(周辺)

http://www.local.co.jp/renku/5.html

[其の一(『去来抄』には、松尾芭蕉が語ったその時代の前句への付け方の「ひとつの傾向」として「うつり・ひびき・におい・くらいを以って付けるをよしとする」と述べられている。) (中略)

「移り」は、前句の余情や気分が、次の付句に柔らかく移る付け方。
「響き」は、前句に敏感に感応した付け方。
「匂い」は、前句の行間に漂う気持ちや情況、潜在するものに添う、あるいは応じる付け方。
「位」は、前句の人物・事物・言葉などを見定めて、その品格に添う、あるいは応じる付け方

其の二(各務支考は、付け方に関して「七名八体(しちみょうはったい)」と称する付け方の方法(七名)と狙い所(八体)を提示している。) (中略)

(七名=有心・向付・起情・会釈・拍子・色立・にげ句)
一)前句の情や景、状況などを見定めて、その言外のものを捉えて付ける(有心・うしん)。
二)前句の人物の性格や職業や境涯などを見定め、その人物と対応するように別の人物をもって付ける、いわば人間の存在的な一面を向かい合って付ける(向付・むかいづけ)。
三)人情味のない景色や事柄の前句の場合、その句の表現上のあやを頼りに、人情のある句を付ける(起情・きじょう)。
四)前句の人物、事柄、状態、品物などを受けて、軽くあしらって付ける(会釈・あしらい)。
五)前句の勢いに応じてテンポを合わせて付ける(拍子・ひょうし)。
六)前句の色に呼応して色彩のとり合わせで付ける(色立・いろだて)。
七)前句の意を軽く受け流してサラリと時節や気象などの句を付け、流れや気分を変える(にげ句)。

(八体=其人・其場・時節・時分・天象・事宜・観想・面影)
一)前句から感じ取れるその人物を見定めて、これを手がかりに人物描写として付ける(其人・そのひと)。
二)前句から感じ取れるその場所を見定め、これを手がかりに風景描写として付ける(其場・そのば)。
三)前句から感じ取れるその時節を見定め、これを手がかりに時節描写として付ける(時節・じせつ)。
四)前句から感じ取れるその時刻を見定め、これを手がかりに時刻描写として付ける(時分・じぶん)。
五)前句から感じ取れるその天象・気象を見定め、これを手がかり天象・気象描写として付ける(天象・てんしょう)。
六)前句から感じ取れるその人物やその時を見定め、これを手がかりにその人物のその時の状況描写として付ける(事宜・じぎ)。
七)前句から感じ取れるその心境を見定め、これを手がかり喜怒哀楽の描写として付ける(観想・かんそう)。
八)前句から感じ取れる物語の趣(おもむき)を見定め、これを手がかりに一般に知られている物語などがイメージできるように付ける(面影・おもかげ)。

其の三(立花北枝は、歌仙一巻の句を「人情無しの句」「人情自の句」「人情他の句」の三つに分類し、付句を工夫するように『付方自他伝』を著して提言した。) (中略)

「人情自の句」は自分のことを詠んだ句、「人情他の句」は自分以外の他者を詠んだ句、「自他半の句」は、自分および他者を同時に詠んだ句、「人情無しの句」は場の句で、自分および他者を入れずに景色や世相などを詠んだ句、のこと。(後略)   ]
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