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芦雪あれこれ(童子・雀・猫図) [芦雪]

(その十七)童子・雀・猫図

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「童子・雀・猫図」(芦雪筆)三幅 紙本墨画淡彩 各一〇三・四×五六・〇cm

【 天明六年(一七八六)に赴いた紀南、串本の地に伝わる作品。三幅対というと、普通は重厚で少し格式張った形式だが、この作品の真ん中で主役を張るのは、鼠と遊ぶ子供、表情と仕草には、生命感、愛らしさがあふれ出る。更に、かわいにしさをこれでもかと補強するのが、雀と猫。私たちが慣れ親しんでいる「猫の絵」の一般形とはやや異なる耳の描き方だが、いかにも柔らかそうで魅力的だ。実は、子犬や雀だけでなく猫の描写にかけても、芦雪は「かわいいものが好き」ならではの力量を発揮している。  】
『もっと知りたい 長沢芦雪(金子信久著)所収「(作品解説)童子・雀・猫図」)

 芦雪が応挙の命で、南紀に赴いたのは、天明六年(一七八六)、三十三歳の時であった。この作品は、その時の串本の無量寺の有力檀家に伝わっている作品である。
 この時の無量寺の作品は次のとおりである。

 紙本着色 薔薇図(上二之間) 襖貼付 八
 紙本墨画 龍虎図(室中及仏間)同上 十二
 紙本墨画 群鶴図(下一之間) 同上  六  壁貼付 一
 紙本墨画 唐子遊図(下二之間)同上  八

 上記の「龍虎図」については、先に(その六)触れた。この時の「唐子遊図」(下記にその一部を掲載)は、その後の、芦雪の「唐子・牧童・戯童」図などの原型を成すものとして夙に知られている。
 この「唐子遊図」は、「唐子琴棋書画図」ともいわれ、二十三人の子供が「琴棋書画」の画題をもとに、「筆で顔に落書きをしたり、手についた墨で半紙に手形をつけたり、丸めた紙と琴を持つ子供、さらに絵筆を持って枯れ木に烏を描く子供、最後の二面には白犬と斑のある犬が戯れ、犬と子供が共に遠ざかっていく」という図様である。
 この襖の右四面の一番右端の面に(その上部)、これらの子供たちを見ているような一匹の「鼠」が描かれている。この「鼠」と冒頭に掲載した「童子・雀・猫図」の中幅「童子」図の「鼠」が対応しているように思われる(下記に掲載)。
 芦雪は、子供を主題にしたものが多い。そして、芦雪が描く子供は、無邪気で可愛く、天真爛漫である。それらの芦雪の描く子供は、それぞれが亡くなった子供たちへの挽歌のような響きすら有している。
 天明四年(一七八四)、三十一歳の時に妻が男子を流産している。その翌年、娘が生まれるが、南紀から帰って間もなく、天明七年(一七八七)、三十四歳の時に、その娘が三歳で没する。寛政三年(一七九一)、三十七歳の時には、二歳の娘が亡くなり、その翌年には、二歳の息子を亡くしている。家庭運には恵まれなかった。
 この中幅の、鼠を片手に上げて、はしゃいでいる童子は、芦雪の子供を真から愛している息遣いすら察知される。そして、右幅の「雀に竹」図の「雀」もまた、芦雪が愛して止まないものであった。
 芦雪の「雀」では、この南紀での、古座の成就寺の「上間一之間」の戸袋に描いた「群雀図袋戸小襖」の十二羽の生命感(リズム感)に溢れた作品は、その代表的なものであろう。
 その小袋に描かれている雀が、三羽、地面に降りて来たようである。
 そして、この左幅の猫もまた、串本の無量寺の襖四面(六面の内)に描かれた大きな「虎」図の裏面の「薔薇に鶴・猫図襖」(八面)」の内の一匹のような雰囲気でなくもない(「薔薇に鶴・猫図襖」の「猫」については、その三「虎」のところで紹介している)。
そして、この「童子・雀・猫図」の「雀」の傍らの一本の「竹」もまた、この無量寺の「虎」図、そして、「薔薇に鶴・猫図」に描かれた「竹」という感じなのである。
 さて、残された「猫図」の傍らの「蘇鉄」は、これまた、南紀(広川)の「圓光寺」蔵の「蘇鉄に雀図」の、その「蘇鉄」という雰囲気でなくも無い(下記に掲載)。

 こうして、この三幅を仔細に見ていくと、「童子・鼠・竹・雀・蘇鉄・猫」の主題の全てが、南紀に赴いた、天明六年(一七八六)から天明七年(一七八七)掛けての、芦雪の象徴的なものということになろう。
 そして、「鼠」は「多産・多幸」、「竹」は「長寿」、そして、「蘇鉄」も「雄々しさ」の、吉祥的な画題なのであろう。そして、「雀」と「猫」とは、芦雪好みの画題ということになろう。
 これらが一体となって、この「童子・雀・猫図」の三幅を形成している。そして、この三幅の一体感は、中幅「鼠を見ている童子の眼」、右幅の三羽の雀の内「鼠を見ている二羽の鼠の視線」、そして、左幅の「捕っても良いやら」と利き耳を立てている「猫のきょとんした目つき」にある。

寺・唐子三.jpg

「唐子遊図」別称「唐子琴棋書画図襖」(芦雪筆)八面 紙本墨画淡彩
右四面各一七九・三×九一・五cm 左四面各一八三・五×一一五・五cm
無量寺蔵(南紀・串本)
上記は、「左四面の右から二面目」の図(「絵筆を持って枯れ木に烏を描く童子図)

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「唐子遊図」の右四面の第一面の上部に描かれた「鼠」
(上の画は、その「鼠」、下の画は襖の上部の「鼠」の再掲)

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「蘇鉄に雀図」一幅 紙本墨画淡彩 圓光寺蔵(南紀・広川)
一二三・五×四五・七cm

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芦雪あれこれ(幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図) [芦雪]

(その十六)幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図 

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「幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図」(芦雪筆)三幅 絹本淡彩描表装(上部省略)
幽霊図    一四一・六×三二・六cm
髑髏仔犬図  一四一・四×三二・六cm
白蔵主図   一四五・〇×三二・六cm
大阪・藤田美術館蔵

【中幅は応挙よりも凄味を増した美人の幽霊である。描表装は幽霊が「出る」ことを演出するのに適した手法だが、意外にも描表装までを応挙が確実に手掛けたものは知られず、後年の「幽霊図」(プライス・コレクション)とも共通する効果的な描表装は芦雪による変容であろう。左右は狂言「釣狐」に取り入れられた白蔵主の伝説に由来するようだ。猟師の殺生をやめさせるために狐が猟師の伯父・僧白蔵主に化ける。本物の白蔵主を噛み殺して寺に住んでいた狐は五十年後に犬に殺される。左幅が白蔵主に化けた狐、右幅の仔犬と髑髏は狐を殺す犬殺された本物の白蔵主を指すのだろう。印章の組み合わせは「犬図屏風」と同じ。仔犬の描き方からみて、南紀後の制作の可能性もある。】
『別冊太陽 長沢芦雪(狩野博幸監修)』所収「(作品解説)幽霊・髑髏仔犬・白蔵主図(伊藤紫織稿)」

 上記の「作品解説」では、「中幅は応挙よりも凄味を増した美人の幽霊である」とあるが、この芦雪の「幽霊」は、応挙の「幽霊図(返魂香之図)」(下記に掲載)を模写したと解してよかろう(「作品解説」とは別に「眉間の皺と陰影で表わすことによって凄みを増している」との記述がある。「凄みを増した」といっても、その程度のもので、真に凄みを増すのは、後年の「幽霊図=プライス・コレクション」などであろう)。
 それよりも、この芦雪の「幽霊」も、応挙の「幽霊図」の副題「返魂香之図」の背景にある「李夫人詩」(白居易)に由来し、「返魂香(はんごんこう)」を焚き、その煙の中に「死んだ人の姿が現れる」というようなものであろう。
 そして、応挙の「幽霊図(返魂香之図)」は、その「返魂香」の煙で「腰から下が無い」ように描かれている。以後、「足の無い幽霊図」が定着するようであるが、芦雪の、この「幽霊」は、応挙の幽霊のように「腰から下が無い」のは勿論なのだが、表装自体を「描表装」、すなわち、芦雪の手書きで、掛軸の上部の「天」の所に落款が施され(冒頭絵図では省略)、下部の「地」まで「余白」となっている。
 この「描表装」について、冒頭の「作品解説」で、「描表装までを応挙が確実に手掛けたものは知られず、後年の『幽霊図』(プライス・コレクション)とも共通する効果的な描表装は芦雪による変容であろう」と指摘しているが、「空間マジック」「空間トリック」に天性的なものを持っている芦雪を以て、「幽霊図」に「描表装」との取り合わせは、嚆矢とするのが妥当のかも知れない。
 この左幅の「白蔵主」は、これも「作品解説」のとおり、狂言「釣狐」の「白蔵主に化けた狐」で、これが何とも「描表装」の下部の「地」から描かれており、中幅の「幽霊」を真似しているような雰囲気である。
 さらに右幅の「髑髏仔犬」になると、髑髏の歯は「地」に、頭蓋骨の大部分は「中縁」と「本紙」の一部に描かれ、仔犬の足は「中縁」、その他は「本紙」と、左幅・中幅、そして、右幅と、変化をさせながら、全体として、何か、狂言「釣狐」の世界を背景にしているような雰囲気を醸し出している。
 すなわち、中幅の「幽霊」は、応挙の「夢に出てきた亡き奥様をモデル」にしている「幽霊」を模写して、この幽霊の正体は、狐に殺された「白蔵主」で、左幅は「白蔵主に化けた狐」ということになる。そして、右幅の「髑髏」は、狐に殺された「白蔵主」の髑髏で、
その脇の仔犬は、大きくなって、左幅の「白蔵主に化けた狐」を噛み殺すというような、一連のドラマ仕立てのような印象を受けるのである。
 そして、この「髑髏」がまた、若冲の黒地の「拓版画」仕立ての「髑髏図」をモデルにしているような雰囲気なのである。そして、この「仔犬」も、やはり、応挙の「仔犬」をモデルにしているのであろう。
 こうして、この三幅を仔細に見て行くと、それぞれに、芦雪が何かしらをモデルとしつつ、しかし、全体として、その「空間マジック」「空間トリック」、さらに、「返魂香」や「釣狐」にまつわる「ドラマ仕立て」「構成力」は、芦雪そのものという印象を深くする。

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「幽霊図(返魂之図)応挙筆 一幅 紙本墨画淡彩 
一一〇・〇×三〇・〇cm 久渡寺蔵(青森)

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「髑髏図」(若冲下絵 高遊外賛)一幅 紙本拓画
一〇六・三×二八・〇cm  宝蔵寺(京都)

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