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蕪村の絵文字(その八) [蕪村書簡]

(その八)

几董宛書簡.jpg
『蕪村の手紙(村松友次著)』所収「一九 へんしう(偏執)多き人心」

 『蕪村書簡集(大谷篤蔵・藤田真一校注)岩波文庫』では、「一三〇几董宛(安永九年)」に、その全文が収載されている。

 上記の書簡中の、「只さへへんしう(偏執)多き人心(ひとごころ)に候」というのは、「只でさえ偏見我執の多いのが人間の常ですが」というような意で、次の「こと更(さら)尾(び)の輩などハ何がな疵(きづ)を見出し候にてあしざまニ沙汰せんと、手ぐすミいたし居(をり)候おもむきニ候」に掛かるのであろう。

 この「尾(び)」とは、暁台の尾張俳壇を指していることは言うまでも無い。暁台と几董では、十歳程度、暁台が年長である。そして、几董は、夜半亭二世蕪村が、その生前に夜半亭三世を継ぐことを宣言している、巴人→蕪村と続く「夜半亭俳諧」の正統な継承者なのである。

 蕪村が没したのは、天明三年(一七八三)十二月二十五日の未明、明けて天明四年(一七八四)の春、几董は、蕪村追悼集『から檜葉(几董編)』を刊行し、その十二月二十五日に、『蕪村句集(几董撰)』を刊行する。

 さらに、天明五年(一七八五)に、夜半亭二世与謝蕪村が、生前に、師の夜半亭一世早野巴人の『一夜松』に倣い『続一夜松』を編纂しようとして叶わなかったことに思いを致し、義仲寺で薙髪して江戸に下り、当時の日本俳壇のトップに位置していた大島蓼太の推薦を得て、夜半亭三世を継承し、その冬に、『続一夜松』(『前集』「序」=蓼太、「跋」=自跋、『後集』「序」=重厚、「跋」=道立、『後集』の刊行=天明六年)を刊行し、それらを北野天満宮に奉納する。

 ここに、名実共に、夜半亭俳諧は、二世蕪村から三世几董へと引き継がれることになる。
この夜半亭俳諧の継承には、蓼太と共に大きな勢力を形成していた暁台との関わりは見られない。その背景には、蕪村の、この冒頭の書簡に見られる、暁台俳諧に対する名状し難き感情の縺れが、蕪村の継承者の几董へと引き継がれている思いを深くする。

 安永二年(一七七三)当時の、蕪村が暁台と初めて接した頃は、蕪村は暁台を「百世の知己」「実にはいかい(俳諧)の伯楽」「丁寧家懇情の人」とまで評価し、期待をかけていたのだが、この書簡の安永九年(一七八〇)の頃には、「へんしう(偏執)多き人心/こと更(さら)尾(び)の輩」と不信感を露わにしている。

 この不信感は、「暁台を批判する蕪村書簡」(大阪俳文学会会報第二十号、昭和六一年九月)になると、「なごや(名古屋)のはいかい(俳諧)けしからぬ物に相成候」「いやみの第一」「むねの悪き事」「目も当らぬ次第にて候」「暁台もいけぬものに候」とまで増大して来る。

 しかし、表面的には、この蕪村の暁台に対する不信感は顕現化せず、天明元年(一七八一)十月には、蕪村は暁台編の『風蘿念仏』の「序」を書き、亡くなる天明三年(一七八三)三月の「洛東安養寺及び金福寺における暁台主催芭蕉百回忌取越し追善俳諧興行」に全面的に支援し、蕪村の夜半亭一門と暁台の尾張一門との交流は絶えることはなかったのである。

 そして、その年の暮れ、十二月二十五日に蕪村が没するや、明けて天明四年(一七八四)一月二十五日、暁台は尾張より急遽上洛して、洛東金福寺の本葬に参列し、追悼の辞を草する共に、夜半亭一門との一順歌仙を霊前に手向けているのである。

 この蕪村の夜半亭一門と暁台の尾張一門との交流の影の立役者は、蕪村と暁台の両巨匠に絶大なる信頼があった、寺村百池の存在を抜きにしては考えられないであろう。それは、蕪村没後も、暁台の信任は厚く、また、蕪村の後継者几董亡き後も、同門中で重きを成している一事を取っても、容易に窺がい知れるところである。

 それは、「堺屋」を背景とする豊富な財力や経営力と共に、自筆の『大来堂句集(十一巻)』に見られる穏健清雅な句風、そして、蕪村の句稿をまとめた「落日庵句集」「夜半叟句集」、さらには、夜半亭一門の句筵控えの「夏より」「高徳院発句会」「月並発句集」「紫狐庵発句集」「耳たむし」などの稿本(『蕪村全集三 句集、句稿・句会稿』に収載されている)などを目にする時、蕪村と蕪村一門の俳諧の中で、百池が果たした役割というのは、想像を絶するものがある。

 百池は、晩年薙髪して「紹賀・大来堂・微雨楼・九隠斎・閑柳亭・竹外」などと号したが、その晩年の百池像は下記のとおりである。

寺村百池肖像2.jpg
(晩年の薙髪後の「寺村百池肖像」=早稲田大学図書館蔵)




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