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徳川義恭の「宗達の水墨画」(その八) [水墨画]

その八 「蓮池水鳥(宗達筆・京都国立博物館蔵)」周辺

https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=&content_base_id=100959&content_part_id=0&content_pict_id=0

宗達・蓮池水禽図.jpg
 
【「(A図)蓮池水禽図」 俵屋宗達筆  1幅 紙本墨画 縦116.0cm 横50.0cm 江戸時代・17世紀 京都国立博物館 国宝 印章「伊年」印 
 桃山時代の終わり頃から江戸時代の初期にかけて活躍した俵屋宗達(たわらやそうたつ)の代表的な作品のひとつ。宗達は「風神雷神図屏風」(建仁寺蔵)や「鶴図下絵和歌巻」(京都国立博物館蔵)のような、金・銀や絵の具を使って描いたきわめて装飾性の強い作品を数多く残しているが、その一方で、東洋的な味わいにみちた水墨画の作品も数多く制作している。
 水墨的技法を駆使したこの作品は、宗達の水墨画の最高傑作としてつとに名高いものであると同時に、日本の水墨画の歴史のなかでの偉大な成果のひとつとして広く認められている。
 宗達の作品として伝えられている水墨画のうちで、蓮とカイツブリをモチーフにしたものがいくつか遺存している。本図がそれらのうちもっとも優れた出来映えを示していることは、いうまでもない。紙と墨の微妙な関係を熟知している画家が、画家としての人生がもっとも充実しているときに仕上げた作品であることは、そのほかの宗達筆の水墨画と比較しても、疑いようがない。
 江戸時代後期、宗達や尾形光琳(おがたこうりん)の再評価の運動を展開した酒井抱一(さかいほういつ)は、この作品を見て感動し、「宗達(の作品)中(の)絶品也」と箱書(はこがき)した。
 左下に捺(お)された「伊年」と読める朱文円印は、のちには宗達が主宰する工房の商標のようなものになってゆき、さまざまな種類の「伊年」印が捺された作品が登場するが、そのなかで本図は最高のものである。
 宗達の生存期間が確定していないので断定はできないが、1615年頃作と推定される旧大倉家蔵「蓮下絵百人一首」の蓮の描写との類似から、その頃の制作と推定されている。おそらく、この時期、宗達は気力、技術の充実した壮年時代のただなかにあったろう。 】

【 雪舟よりも、雪村よりも、此の絵に現はされた感情は清澄で深い。之も右の兎や狗子と共に東洋水墨画中、最高傑作の一つである。宋元の幾人かの水墨画家に於ては、流石に優れた新様式を樹立しただけの溌剌たる感覚が見られるが、其の技術が我国に入り、或程度の消化が行はれた室町水墨画に於ては相当の水準に達し得たけれども、未だ個性が十分に展開したのではなかつた。それ故、宋元の名品に比べると、何うしても感じが強く迫つて来ない。所が、宗達の水墨画になると、それらに匹敵し得る優れた個性の展開が多分に見られる。特に此の蓮池水禽図は、水墨画の一つの頂点を示して居り、其の様式は他に類の無いものである。
 花、鳥、総て完璧の描写であるが、例へば葉脈の線に於ても、東洋画に屡々見掛ける、滲じみを濫用してそれが只の技術に終つてゐて表現になつてゐないのと違ひ、生きた描写になつている。花や葉を支へる茎にも十分張りが感じられる。…… 一体、茎、枝、樹幹などの表現には画家の型が最もよく現はれる。第一に、此の様な画面構成に於ける線的な要素は、其の僅かの変化を全体に影響する所が極めて大きい。優れた画家は其の線を美しく配置する。が、凡人は必ず破綻を生じさせる。第二に此の様な線的な部分を描く場合の、筆の画面に下ろされた点と離れる点、曲る部分や二つ以上の線の交叉する部分、などを特に注意すべきである。例へば、此の図の茎を描く筆の、柔かく紙を離れる部分は、亜流作家では到底及び難い技巧を内に持つて居り、而して美しい。同様に狗子図の下方の草々、牡丹図の花を支へてゐる茎の美しい筆様などいゝ例である。即ち此の様な部分をよく注意して見てゐると、鑑別の際に役立つ事が多い。
 今、画面構成に於ける線的な要素と言つたが、右に述べた様な自然そのものが線的である場合(枝、幹など)以外でも、画面即ち平面に、筆に依つて物象が表現される時には、常に線が現はされるのであつて、さう云ふ線の性質はその美術家の個性をよく示すのである。例へば蓮の葉の輪郭が周囲の空白と接する所に現はれる線が、全図の構成に如何に役立つてゐるか、と云ふ事もよく見なければならない。さう云ふ立場から……勿論それだけではないが、……※同じ蓮池水禽図で鳥が一羽(それは今述べた図の中の、首を延ばしてゐるのと殆ど同形)泳いてゐるのがある(メモ:※下記の「(B図) 蓮池水禽図」)、その絵を私は宗達筆とはしないのである。之は、後に例として示すエピコーネ(メモ: エピゴーネン=亜流・模倣)の作よりも、もつと上手であるが、全体の構成が拙いから否定するのである。 】(『宗達の水墨画・徳川義恭著・座右寶刊行会』所収「図版解説第六図」p9~p12)

蓮池水禽・畠山.jpg

「(B図)蓮池水禽図」伝俵屋宗達筆  紙本墨画 一幅 一一八・八×四八・三㎝  畠山記念館蔵

【 第五十六図(「(B図)蓮池水禽図」)は、同じ主題の一幅(「(A図)蓮池水禽図」)で、蓮池に花はなく、ただ一羽泳ぐかいつぶりを墨色とたらし込みによって描いている。前図(「A図)蓮池水禽図」)が微妙な墨色による格調ある古典的な世界を表現したとするなら、本図(「(B図)蓮池水禽図」)は奔放な筆づかいによる浪漫的な世界をあらわすといえようか。本図は印をもたない。 】(『日本美術絵画全集第一四巻 俵屋宗達(源豊宗・橋本綾子著)』所収「作品解説20・56」の「56・解説」=「伝俵屋宗達筆」ではなく「俵屋宗達筆」)。

 この「(A図)蓮池水禽図」と「(B図)蓮池水禽図」とは、昭和四十七年(一九七二)に開催された『創立百年記念特別展 琳派 (東京国立博物館)』において、宗達の水墨画だけを一室にまとめた部屋で同時に陳列されていた。「「(A図)蓮池水禽図」(東京国立博物館蔵、馬越家旧蔵)は国宝で、「(B図)蓮池水禽図」(畠山記念館蔵)は未指定ということで、その『図録』では、次のように紹介されている。

【 21 国宝 蓮池水禽図 俵屋宗達 一幅 京都国立博物館蔵
 柔かく花開いた大輪の蓮花・ゆったりと広がった大きな葉。水中を遊泳する三羽(「二羽」の誤記か?)の水禽。墨一色で描き出された静と動の世界である。墨のもつ微妙な変化がこれほど巧みに生かされている作品を知らない。水禽の濡れ羽と目のうるみまで的確に表されている。筆者の鋭い感覚による自然観察と豊かな情感、しかも高い格調を示してあまりある。左端に伊年印が捺されている。
 
22 重要文化財 牛図 俵屋宗達・烏丸光広賛 二幅 頂妙寺蔵 (略、「宗達法橋」と「対青軒」印)
23 牡丹図 俵屋宗達 一幅 (略、「宗達法橋」と「対青軒」印)
24 狗子図 俵屋宗達 一幅 (略、「宗達法橋」と「対青軒」印)

25 蓮池水禽図 伝俵屋宗達 一幅 畠山記念館蔵
 何点遺る宗達系蓮池水禽図の一つ。蓮花がなく荷葉だけを画面いっぱいに描き、下方に水禽(かいつぶり)を一羽添えている。水禽の姿態は京都国立博物館蔵(図21)のそれと全く同じで、伊年印はないが、宗達グループによる類作の一つと考えられる。  】(『創立百年記念特別展 琳派 (東京国立博物館)』図録)

http://blog.livedoor.jp/yamaharanookina/archives/1723250.html

蓮池水禽・三幅.jpg

(左図)   京都博物館蔵 「蓮池水禽図」「伊年」印 国宝 → A図
(中央図)  畠山記念館蔵 「同上」   無印      → B図
(右図)   山種美術館蔵 「同上」  「伊年」印 → C図
https://blog.goo.ne.jp/harold1234/e/0dc362de8723932a0236c639f4d34cd0

【宗達では「蓮池水禽図」も魅惑的です。同名の国宝は京博に所蔵されていますが、こちらは山種コレクション。筆致そのものは大らかです。国宝作は蓮が上、下に水鳥が泳いでいるのに対し、本作は下に蓮を配して、鳥が勇ましいまでに飛び立つ様を描いています。もちろんあくまでも空想に過ぎませんが、ともするとこの2つは、水鳥が泳ぎ、そして飛び立っていく光景を表した連作だったのかもしれません。】

「石川県立美術館開館30周年記念 金沢宗達会創立100年記念」(平成二十五年=二〇一三)に、上記の三図が揃い踏みした。この右図の「(C図)蓮池水禽図」は、『水墨画の巨匠(第六巻)宗達・光琳(講談社)』では、(左図)の「(A図)蓮池水禽図」と併せ、次のように紹介されている。

蓮池水禽図・山種美術館.jpg

https://twitter.com/yamatanemuseum/status/639284228107055105/photo/1

【 22・23 蓮池水禽図 宗達 掛幅 紙本墨画 一一八×四八・三㎝
 国宝の「蓮池水禽図」(上記の京都博物館蔵のA図)は酒井抱一が絶品と褒める箱書もあり、かねてより特別の作と扱われていたようだが、宗達派には本図(上記の山種美術館蔵のC図)をはじめ多数の「蓮池水禽図」が遺されている。多くはもと押絵貼屏風であったようだが、それらの中には補修で「伊年」印が消されるなど、こうした作品群の評価の揺れ動きを物語る実例もある。鳥(いずれもかいつぶり)のポーズや花の形などには数種のパターンがあり、その組み合わせで多くの作品が制作されたのであろう。本図の身をよじって跳ね上がる愛嬌あるかいつぶりの恰好も、他の作品の中に見ることができる。なお、脚と羽の一部は補筆である。
 花や蕾の形、線描などなんの躊躇もない堂々としたものである。裏返る花びらや果肉の簡潔な形態、線のない荷葉(蓮の葉)などいかにも描き慣れた様子で、様式化・記号化の定着が窺える。類品の間には力量の差が見られるとはいえ、淡墨の面とたらし込みによる表現は、一面で工房制作に適したものとなっているといえよう。「蓮池水禽図」には「伊年」印が捺されたものが多く、それを宗達の法橋叙任以前の作とする説に従えば、そうした早い時期にすでに需要を得、応える法が確立していたということになる。(松尾和子稿)  】(『水墨画の巨匠(第六巻)宗達・光琳(講談社)』)

 なお、この「C図 蓮池水禽図」について、『宗達の水墨画・徳川義恭著・座右寶刊行会』では、「第八図右 水禽」(p13~p15)として、その解説を施しているようなので、そこで、再度後述することにする。 
 また、その「第八図左 蓮」(p13~p15)については、「(B図)蓮池水禽図」にも関連するようなので、これも再度後述することにしたい。 
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yahantei

 昭和四十七年(一九七二)に開催された『創立百年記念特別展 琳派(東京国立博物館)』図録の、その水墨画目録の順序は、評価の高い、次の順序のようになっている。

21 国宝 蓮池水禽図 俵屋宗達 一幅 京都国立博物館蔵

22 重要文化財 牛図 俵屋宗達・烏丸光広賛 二幅 頂妙寺蔵 (「宗達法橋」と「対青軒」印)

23 牡丹図 俵屋宗達 一幅 (「宗達法橋」と「対青軒」印)

24 狗子図 俵屋宗達 一幅 (略、「宗達法橋」と「対青軒」印)

 これらは、正真正銘の宗達自筆の作品とされ、そのトップの「21 国宝 蓮池水禽図」は、「法橋宗達・宗達法橋」の落款は無く、「伊年」印のみで、徳川義恭は、「雪舟よりも、雪村よりも、此の絵に現はされた感情は清澄で深い」と大変な入れ込みようなのである。
 それに対して、次の「25 蓮池水禽図」は、「※同じ蓮池水禽図で鳥が一羽(それは今述べた図の中の、首を延ばしてゐるのと殆ど同形)泳いてゐるのがある(メモ:※下記の「(B図) 蓮池水禽図」)、その絵を私は宗達筆とはしないのである。之は、後に例として示すエピコーネ(メモ: エピゴーネン=亜流・模倣)の作よりも、もつと上手であるが、全体の構成が拙いから否定するのである」と、大変に手厳しいのである。それを受けてか「伝俵屋宗達」と「伝」の一字が添えられている。

25 蓮池水禽図 伝俵屋宗達 一幅 畠山記念館蔵

 この畠山記念館蔵の作品も、「図の右下隅に薄れて肉眼でもみえにくいが、よく調査するとこちらにも「伊年」の朱文円印があることが発見された」(『古画名作裏話(中村渓男著)』)と、さらに、「21 国宝 蓮池水禽図」とは、「対幅ではないのか」(中村・前掲書)と、こうなると、どうも、「徳川義恭」説に、諸手を挙げて賛成ともいかないという雰囲気なのである。
 そして、さらに、ここに山種美術館蔵の作品が加わると、さらに、ややこしくなってくる。そして、徳川義恭は、これらの三点も、「第八図右 水禽」(p13~p15)」そして「第八図左 蓮」(p13~p15)
で、俎上に載せている雰囲気なので、これら「蓮池水禽」図関連については、最後に、関連して後述することとしたい。


by yahantei (2021-01-08 16:12) 

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