雨華庵の四季(その十二) [雨華庵の四季]
その十二「秋(三)」
酒井抱一筆『四季花鳥図巻(上=春夏・下=秋冬)』「秋(三)」東京国立博物館蔵
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0035823
同上:部分拡大図
https://image.tnm.jp/image/1024/C0035823.jpg
右の「葡萄」は前図に続いている。その葡萄の蔓は左下がりの対角線状に描かれ、それが次の図柄の「水引草」の右上がり対角線状の蔓と対比する空間に、二羽の小さな鳥(「菊戴」)が飛翔している。その菊戴は、あたかも、細い水引草の小さい粒状の花を啄むようで、この微小な水引の花に、微小な小鳥の菊戴がよく似合っている。その菊戴の侵入を阻止するかのように、左端の上空に「蟷螂(とうろう・かまきり)」が、鎌のような肢を折り曲げている。
その蟷螂(かまきり)の下には、ピンク色の酔芙蓉が咲いている。蟷螂(かまきり)は、その酔芙蓉の先にとまっているのか、それとも、この左図から伸びている菊の葉の上にとまっているのかは定かではない。この蟷螂(かまきり)は、明らかに、中央を飛翔している菊戴よりも大きい感じで、これはメルヘンの世界という雰囲気である。
「 夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午(ひる)さがりの林道を 」
(立原道造『萱草に寄す』所収「のちのおもひに」)
葡萄(仲秋・「黒葡萄・葡萄園・葡萄棚・葡萄狩」)「蔓性でどんどん伸びる。葉は心臓形でぎざぎざしている。緑色の粒状の花をつける。八月から十月にかけて実が熟す。」
枯れなんとせしをぶだうの盛りかな 蕪村 「夜半叟句集」
後の月葡萄に核の曇り哉 成美 「成美家集」
黒葡萄天の甘露をうらやまず 一茶 「九番日記」
黒きまで紫深き葡萄かな 子規 「子規句集」
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄 茅舎 「川端茅舎句集」
水引の花(仲秋・「水引草・水引・金線草・銀水引・御所水引・金糸草・毛蓼」)「八月頃花軸をのばし、赤い小花を無数につける。花の下側が白く、紅白の水引のように見えることからこの名がついた。」
かひなしや水引草の花ざかり 子規 「季語別子規俳句集」
木もれ日は移りやすけれ水引草 水巴 「水巴句集」
芙蓉(初秋・「木(もく)芙蓉・白芙蓉・紅芙蓉・花芙蓉・酔芙蓉」)「八月から十月にかけて白、あるいは淡紅色の五弁の花を咲かせるが、夕方にはしぼんでしまう。咲き終わると薄緑色の莟のような実ができる。」
枝ぶりの日ごとにかはる芙蓉かな 芭蕉 「後れ馳」
霧雨の空を芙蓉の天気哉 芭蕉 「韻塞」
日を帯びて芙蓉かたぶく恨みかな 蕪村 「遺草」
芙蓉さく今朝一天に雲もなし 紫暁 「鴈風呂」
松が根になまめきたてる芙蓉かな 子規 「子規句集」
菊戴(晩秋・「きくいただき・まつむしり」)「体長は十センチくらいで、日本で最小の鳥といわれる。冬場は里に移動する。頭の黄色い冠羽が菊の花を思わせるためこの名がある。」
群来るや菊戴のかつき染 柳居 「類題発句集」
かまきり(三秋・「蟷螂=たうらう・鎌切・斧虫・いぼむしり・いぼじり・祈り虫」)「頭は三角形、前肢は鎌状の捕獲肢となり、他の虫を捕えて食す。緑色または褐色。」
蟷螂や露引きこぼす萩の枝 北枝 「北枝発句集」
蟷螂が片手かけたりつり鐘に 一茶 「七番日記」
蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま 草田男 「来し方行方」
伊藤若冲筆『玄圃瑤華』所収「冬葵」(紙本拓版各28.2×17.8㎝)
https://intojapanwaraku.com/jpart/1252/
伊藤若冲筆・桂州道倫賛「鶏頭に蟷螂図(部分図)」(紙本着色103.1×55.5cm)
https://i.pinimg.com/originals/9b/49/16/9b4916ddda5417adda39ad2efb98d80f.jpg
伊藤若冲筆「糸瓜群虫図(部分図)」(紙本着色111.5×48.2cm)細見美術館蔵
http://takannex.fc2web.com/11insect2.html
上記の『玄圃瑤華』所収のものは、抱一の『手鑑帖』の何点(十一点?)かで、それを改変して創作していることが明瞭になっている(『別冊太陽 江戸琳派の粋人・酒井抱一』所収「手鑑帖 抱一が見せた技の多彩さ(仲町啓子稿)」)。
『玄圃瑤華』所収「芭蕉」 → 『手鑑帖』所収「芭蕉の花に蟻図」
(若冲の「破れたり虫に食われている葉や不気味なハサミ虫」を、抱一は「墨の濃淡のみで破れや虫食いなどの痕跡を取り除き穏やかなもの」に修正し、「ハサミムシは蟻」に変えている。)
『玄圃瑤華』所収「大豆」 → 『手鑑帖』所収「葛に蜥蜴と蚊図」
(若冲の「大豆」は抱一が得意とした「葛」に変えられている。取り入れたのは「蜥蜴」の形状だが、それを着色して見事に転換している。)
この若冲の『玄圃瑤華』(四十二図)の「玄圃」は仙人の居どころ、「瑤華」は玉のように美しい花という意のようで、それらは「拓版画」の、さながら若冲の「モノクロ・ミクロ動植画」の世界とすると、抱一の『手鑑帖』(七十二図)は、抱一の一門への「手鑑」(名家の筆跡等を集めて筆跡鑑定等の見本としたもの)とすべき、広いレパートリーの、さながら抱一の「ミクロ・マニュアル動植彩画」の世界のものということになる。
酒井抱一筆『四季花鳥図巻(上=春夏・下=秋冬)』「秋(三)」東京国立博物館蔵
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0035823
同上:部分拡大図
https://image.tnm.jp/image/1024/C0035823.jpg
右の「葡萄」は前図に続いている。その葡萄の蔓は左下がりの対角線状に描かれ、それが次の図柄の「水引草」の右上がり対角線状の蔓と対比する空間に、二羽の小さな鳥(「菊戴」)が飛翔している。その菊戴は、あたかも、細い水引草の小さい粒状の花を啄むようで、この微小な水引の花に、微小な小鳥の菊戴がよく似合っている。その菊戴の侵入を阻止するかのように、左端の上空に「蟷螂(とうろう・かまきり)」が、鎌のような肢を折り曲げている。
その蟷螂(かまきり)の下には、ピンク色の酔芙蓉が咲いている。蟷螂(かまきり)は、その酔芙蓉の先にとまっているのか、それとも、この左図から伸びている菊の葉の上にとまっているのかは定かではない。この蟷螂(かまきり)は、明らかに、中央を飛翔している菊戴よりも大きい感じで、これはメルヘンの世界という雰囲気である。
「 夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午(ひる)さがりの林道を 」
(立原道造『萱草に寄す』所収「のちのおもひに」)
葡萄(仲秋・「黒葡萄・葡萄園・葡萄棚・葡萄狩」)「蔓性でどんどん伸びる。葉は心臓形でぎざぎざしている。緑色の粒状の花をつける。八月から十月にかけて実が熟す。」
枯れなんとせしをぶだうの盛りかな 蕪村 「夜半叟句集」
後の月葡萄に核の曇り哉 成美 「成美家集」
黒葡萄天の甘露をうらやまず 一茶 「九番日記」
黒きまで紫深き葡萄かな 子規 「子規句集」
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄 茅舎 「川端茅舎句集」
水引の花(仲秋・「水引草・水引・金線草・銀水引・御所水引・金糸草・毛蓼」)「八月頃花軸をのばし、赤い小花を無数につける。花の下側が白く、紅白の水引のように見えることからこの名がついた。」
かひなしや水引草の花ざかり 子規 「季語別子規俳句集」
木もれ日は移りやすけれ水引草 水巴 「水巴句集」
芙蓉(初秋・「木(もく)芙蓉・白芙蓉・紅芙蓉・花芙蓉・酔芙蓉」)「八月から十月にかけて白、あるいは淡紅色の五弁の花を咲かせるが、夕方にはしぼんでしまう。咲き終わると薄緑色の莟のような実ができる。」
枝ぶりの日ごとにかはる芙蓉かな 芭蕉 「後れ馳」
霧雨の空を芙蓉の天気哉 芭蕉 「韻塞」
日を帯びて芙蓉かたぶく恨みかな 蕪村 「遺草」
芙蓉さく今朝一天に雲もなし 紫暁 「鴈風呂」
松が根になまめきたてる芙蓉かな 子規 「子規句集」
菊戴(晩秋・「きくいただき・まつむしり」)「体長は十センチくらいで、日本で最小の鳥といわれる。冬場は里に移動する。頭の黄色い冠羽が菊の花を思わせるためこの名がある。」
群来るや菊戴のかつき染 柳居 「類題発句集」
かまきり(三秋・「蟷螂=たうらう・鎌切・斧虫・いぼむしり・いぼじり・祈り虫」)「頭は三角形、前肢は鎌状の捕獲肢となり、他の虫を捕えて食す。緑色または褐色。」
蟷螂や露引きこぼす萩の枝 北枝 「北枝発句集」
蟷螂が片手かけたりつり鐘に 一茶 「七番日記」
蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま 草田男 「来し方行方」
伊藤若冲筆『玄圃瑤華』所収「冬葵」(紙本拓版各28.2×17.8㎝)
https://intojapanwaraku.com/jpart/1252/
伊藤若冲筆・桂州道倫賛「鶏頭に蟷螂図(部分図)」(紙本着色103.1×55.5cm)
https://i.pinimg.com/originals/9b/49/16/9b4916ddda5417adda39ad2efb98d80f.jpg
伊藤若冲筆「糸瓜群虫図(部分図)」(紙本着色111.5×48.2cm)細見美術館蔵
http://takannex.fc2web.com/11insect2.html
上記の『玄圃瑤華』所収のものは、抱一の『手鑑帖』の何点(十一点?)かで、それを改変して創作していることが明瞭になっている(『別冊太陽 江戸琳派の粋人・酒井抱一』所収「手鑑帖 抱一が見せた技の多彩さ(仲町啓子稿)」)。
『玄圃瑤華』所収「芭蕉」 → 『手鑑帖』所収「芭蕉の花に蟻図」
(若冲の「破れたり虫に食われている葉や不気味なハサミ虫」を、抱一は「墨の濃淡のみで破れや虫食いなどの痕跡を取り除き穏やかなもの」に修正し、「ハサミムシは蟻」に変えている。)
『玄圃瑤華』所収「大豆」 → 『手鑑帖』所収「葛に蜥蜴と蚊図」
(若冲の「大豆」は抱一が得意とした「葛」に変えられている。取り入れたのは「蜥蜴」の形状だが、それを着色して見事に転換している。)
この若冲の『玄圃瑤華』(四十二図)の「玄圃」は仙人の居どころ、「瑤華」は玉のように美しい花という意のようで、それらは「拓版画」の、さながら若冲の「モノクロ・ミクロ動植画」の世界とすると、抱一の『手鑑帖』(七十二図)は、抱一の一門への「手鑑」(名家の筆跡等を集めて筆跡鑑定等の見本としたもの)とすべき、広いレパートリーの、さながら抱一の「ミクロ・マニュアル動植彩画」の世界のものということになる。