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本阿弥光悦筆「千載集『序』和歌巻」その三 [光悦・宗達・素庵]

その三 「わがきみ(我君)よ(世)をしろしめして……(その一)」

(桃山時代 17c 紙本雲母摺絵墨書 H-24.9 W-1459.7 所蔵 MIHO MUSEUM 猪原家旧蔵) (以下の※「校注」などは『新日本古典文学大系10 千載和歌集』などを参考)
http://www.miho.or.jp/booth/html/artcon/00002693.htm

3-1

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わがきみ(我君)よ(世)をしろしめして、
たも(保)ちはじめたま(給)ふとな(名)づけしとし(年)より、
ももしきのふる(古)きあとをば、むらさき(紫)の庭たま(玉)のうてな(台)
(ちとせひさしかるべきみぎりとみがきおきたまひ、)

※我が君=後白河天皇
※たも(保)ちはじめたま(給)ふとな(名)づけしとし(年)=保元元年
※ももしき=皇居・宮中(大宮にかかる枕詞) 
※紫の玉の台=禁裏の美しい殿舎

3-2

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(庭)
たま(玉)のうてな(台)
ちとせ(千載)ひさ(久)しかるべき
みぎり(砌)とみがきおきたま(給)ひ、
はこや(藐姑射)の山のしづかなる
すみかをば、あを(青)きたに(谷)
きく(菊)の水、よろづ代す(住)む
べきさかひ(境)としめさだめ(定め)
たま(給)ふ。かれこれお(を)しあはせて
みそぢ(三十)あまりみ(三)かえりの
はるあき(春秋)になんなりに
ける。

※はこや(藐姑射)の山=《本来は、「はるかなる姑射(こや)の山」の意。「荘子」逍遥遊の例により、一つの山名のように用いられるようになった》1 中国で、仙人が住んでいるという想像上の山。姑射山(こやさん)。2 日本で、上皇の御所を祝っていう語。仙洞(せんとう)御所。仙洞。

※青き谷菊の水=中国河南省南部を流れる白河の支流。この川の崖上にある菊の露がしたたり落ち、これを飲んだ者はみな長生きしたという。菊の水。
※かれこれお(を)しあはせてみそぢ(三十)あまりみ(三)かえり=後白河院即位の久寿二年(一一五五)より千載集奏覧の文治三年(一一八九)まで、在位期と院政期とを合わせて三十三年になる。 

3-3

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(のはるあきになんなりに)
あまねきおほん(御)うつくしみ
あきつしま(秋津島)の
ほかまでを(お)よび、

※あきつしま(秋津島)=日本の国

3-4

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(をよび、)
ひろ(広)き
おほんめぐ(御恵)みはる(春)の
その(園)のはな(花)
よりも
かうばし。
(ちかく)

※ひろ(広)きおほんめぐ(御恵)み=「あまねき御うつくしみの浪 八州のほかまで流れ
ひろき御めぐみのかげ 筑波山の麓よりもしげくおはしまして」(「古今・仮名序)

(「追記メモ」その三)

(その三)釈文(読み下し文)

わ(我)がきみ(君)よ(世)をしろしめして、たも(保)ちはじめたま(給)ふとな(名)づけしとし(年)より、ももしきのふる(古)きあとをば、むらさき(紫)の庭たま(玉)のうてな(台)ちとせ(千載)ひさ(久)しかるべきみぎり(砌)とみがきおきたま(給)ひ、はこや(藐姑射)の山のしづかなるすみかをば、あを(青)きたにきく(谷菊)の水よろづ代す(住)むべきさかひ(境)としめさだ(定)めたま(給)ふ。
かれこれおしあはせて、みそぢ(三十)あまりみ(三)かえりのはるあき(春秋)になんなりにける。あまねきおほん(御)うつくしみあきつしま(秋津島)のほかまでおよび、ひろ(広)きおほんめぐみ御恵)はる(春)のその(園)のはな(花)よりもかうばし。

 定家が撰者となった第九勅撰集『新勅撰和歌集』(「巻第十七」雑二・一一九四)に、次の平行盛の歌が収載されている。

    寿永二年、大方の世情静かならず侍りしころ、
    詠み置きて侍りける歌を定家がもとに遣はす
    とて包紙に書きつけて侍りし
流れての名だにもとまれゆく水のあはれはかなき身は消えぬとも(平行盛「新勅撰」)

 この詞書にある寿永二年(一一八三)二月、頭中将平資盛が後白河院の勅撰集下命の院宣を俊成に届けたことが、『拾芥抄』(しゅうがいしょう)に記されている。この年は、四月になると、北陸の木曽義仲追討に出向いた大軍が翌月には大敗し、七月には都落ちに置い込まれるという大動乱の年で、その直前の僅かな平安の日に、この第七勅撰集『千載和歌集』は、スタートしたのであった。


   故郷ノ花といへる心をよみ侍ける
さゞ浪や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな(よみ人知らず=平忠度「千載」66)

この平忠度の歌については、下記のアドレスで触れている。

https://yahan.blog.ss-blog.jp/2020-07-10

(再掲)

 この末尾に添えた「さゞざ波や―」の一首は、平忠盛の六男で清盛の腹違いの末弟・平忠度の歌である。この歌は、寿永二年(一一八三)に木曽義仲に追い立てられた平家一門が都落ちする時に、忠度が歌の師の俊成に今生の別れを告げる、その時の一首である(『平家物語』)。

(参考)

文部省唱歌「青葉の笛」(作詞:大和田建樹、作曲:田村虎蔵)

1 一の谷の軍(いくさ)破れ
  討たれし平家の公達(きんだち)あわれ → 熊谷次郎直実に討たれた「平敦盛」
  暁寒き須磨(すま)の嵐に
  聞こえしはこれか 青葉の笛
2 更くる夜半に門(かど)を敲(たた)き
  わが師に託せし言(こと)の葉あわれ →「わが師」=「わが=忠度」「師=俊成」
  今わの際(きわ)まで持ちし箙(えびら)に
  残れるは「花や今宵」の歌 →「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主(あるじ)ならまし」→『平家物語(巻第九)』「忠度最期」→平忠度の「辞世の歌」

 ここに、もう一首、平経盛の歌を付け加えて置きたい。

    だいしらず
いかにせむ御垣(みかき)が原に摘む芹のねにのみ泣けど知る人のなき(よみ人不知=平経盛「千載」668)
(どうしょう、御垣が原に摘む芹の根のように、音(ね)に― 声にばかり出して泣いていても私の思いを知る人はいない。 )

 この歌は、恋歌なのである。そもそもは、「治承三十六人歌合」(平安時代に活躍した藤原清輔、藤原俊成、藤原教長、寂然ら男性の歌人36人の詠歌を集めたもので、左方には在家の歌人、右方には出家した歌人を配した歌合の形式で編集したものである)に出てくる一首である。
 しかし、『千載和歌集』の中に、「よみ人不知」の一首として収載されていると、先の「よみ人知らず=平忠度」のように、「平家物語」と関連させて鑑賞させることを、この撰者の俊成の脳裏にはあったことであろう。

 さて、この「(その三)釈文(読み下し文)」の文面は、「後白河院即位の久寿二年(一一五五)より千載集奏覧の文治三年(一一八九)まで、在位期と院政期とを合わせて三十三年」
の、「ひろ(広)きおほんめぐ(御恵)みはる(春)のその(園)のはな(花)よりもかうばし」というのだが、その三十三年間は、下記のとおり、叛乱盤上の、幾多の戦乱に明け暮れた年月でもあった。

https://ch-gender.jp/wp/?page_id=12049

※1156(保元元)  鳥羽上皇死去→保元の乱
○後白河天皇(弟)と崇徳上皇(兄)の争いに協力して、摂関藤原氏・平氏・源氏が親族間で分かれて争った。
○勝者=後白河天皇・関白忠通・平清盛・源義朝
○敗者=崇徳上皇(配流)・左大臣頼長(傷死)・平忠正(斬首)・源為義(斬首)・源為朝(配流)
※1159(平治元)  平治の乱
保元の乱の勝者間で恩賞等をめぐる対立が生じる。後白河上皇・二条天皇の近臣の地位を巡る主導権を争って平氏と源氏が戦い、平氏が勝利した。
1167 (仁安二) 平清盛、太政大臣となる。
1179(治承三) 平清盛、反平氏の公卿たちを宮中から追放し、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉して院政を止めさせる。
1180(治承四) 安徳天皇即位。後白河上皇の第二皇子以仁王挙兵(敗死)。
1181(養和元) 平清盛没
※1183 (寿永二) 源義仲、砺波山で平維盛を破る。北陸道から京都に入る。平家一族西に遁れる。後白河上皇の命により鳥羽天皇即位。後白河法皇、義仲に平家追討を命ずる。その後、義仲、法王の御所を襲い、法王の近臣たちを免職する。
※1184(元暦元) 義仲、源範頼・義経らに攻められ、近江の粟津で戦死。範頼・義経、摂津の一の谷を奇襲して平氏を破る。頼朝、鎌倉に公文所などを設置する。
1185(文治元) 平氏滅亡。源頼朝守護地頭任命権獲得。義経、讃岐の屋島で平氏を破る。安徳天皇崩御。後白河天皇、義経に頼朝追討の命令を下す。義経、源行家と京都を遁れる。後白河法王、今度は義経・行家追捕の命令を下す。
1186(文治二) 頼朝、西行と会見。
1187(文治三) 義経、陸奥へ遁れる。藤原秀衡没。
1189(文治五) 藤原泰衡、義経を殺し、その首を鎌倉に送る。頼朝、奥州藤原氏を征伐。奥州藤原氏滅亡。
1190(建久元) 西行没。頼朝、上京し、後白河法皇・後鳥羽天皇に面会。
※1192(建久三) 後白河法皇没。源頼朝が征夷大将軍となり,鎌倉に幕府を開く

1196(建久七) 源頼朝没。源頼家(第二代将軍)=征夷大将軍となる。
1203(建仁三) 源実朝(第三代将軍)=征夷大将軍となる。頼家伊豆に幽閉。
1204(元久元) 頼家、修善寺で殺される。藤原俊成没。
1205(元久二) 『新古今和歌集』が成る。
1219(承久元)  源実朝殺され この後,北条政子(保元2年(1157年) – 嘉禄元年(1225年))が実質的に執政する。
1221(承久3)  承久の乱
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